○○法ガールになりたい。

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百選起案 民法Ⅰ(第8版) 31~40

百選Ⅰ-31 代表理事の代表権の制限と民法110条

1 XのYに対する売買契約に基づく本件土地の所有権移転登記手続請求は認められるか。

 この請求が認められるためには、売買契約が有効に成立している必要があるところ、確かに、Xは、Yの代表理事Aと本件土地をその目的物とする売買契約を締結している。

 もっとも、本件において、Aは、固定資産の処分に際しては、「組合長はこの組合を代表し、理事会の決定に従って業務を処理する」とされていた。そうであれば、本件においては、それにもかかわらず、Aが、本件売買契約に際して理事会の決定を経ていなかった以上、Aは、本件売買契約の締結につき無権限であったといえる。それゆえ、本件売買契約の効果はYに効果帰属していないことになる。

 それゆえ、Xの上記請求は認められないことになりそうである。

2 もっとも、Xとしては、一般法人及び一般財団法人に関する法律第77条5項、民法110条の適用により、本件売買契約上の責任をYは負うことになるはずである、と主張することが考えられる。

(1) もっとも、Xは、「代表理事」であるAの、「業務に関する一切の…権限」につき「制限」が加えられていたことにつき、「善意」であったとは言えない。

 それゆえ、法77条5項による主張は不可能である。

(2) そこで、Xとしては、上記の通り自身はAに加えられた「制限」につき悪意であったものの、理事会の承認決議があったものと誤信し、よって、「当該具体的行為の代表行為の代表権限があると正当に信頼した」ものとして、民法110条によって保護される、と主張することが考えられる。

 もっとも、Xは、Y組合の定款上本件土地の売却には理事会の承認が必要であることを認識していたというのであり、そうであれば、Xが、本件土地の売却につき理事会の承認があり組合長Aが本件売買契約締結の権限があるものと信じたとしても、そう信じるにつき正当の理由があるとはいえない。

 それゆえ、この主張も奏功しない。

3 よって、Xの上記請求は認められない。

 

百選Ⅰ-32 代理権授与表示の範囲を超えてされた代理行為と表見代理

1 Xらは、Yに対して、本件山林の所有権移転登記手続請求をすることが考えられるところ、その根拠は、XY間で締結された交換契約(以下「本件交換契約」という)に求められる。したがって、Xらの請求が認められるためには、本件交換契約がXらとYとの間に効果帰属することを要する。

 本件交換契約は、互いに、XY間で、それぞれに代理人B、Cをして締結されている。

 まず、Xの代理人であるCについては、「その権限内において本人のためにすることを示して」代理行為をしているから、有権代理が成立し、「本人」たるXら「に対して直接にその効力を生ずる」(99条1項)ことになる。

 一方、確かに、Yの代理人とされたBは、Yからの白紙委任状を所特していたが、かかる委任状はAへの本件山林の所有権移転登記手続のため交付されたものであって、Yは、Bに本件交換契約を締結する「権限」(99条1項)は与えていなかったというのであるから、Bの行為は、無権代理行為(113条1項)であるといえ、本件交換契約が「本人」たるY「に対して直接にその効力を生ずる」(同項)ことはないのが原則である。

2 そして、本件では、本人たるYがBの無権代理行為を追認したとの事情はない。よって、本件山林交換契約の効果は、113条1項によっては、Yに帰属しない。

3 もっとも、表見代理(109条2項)が成立し、本件山林交換契約のYへの効果帰属が認められないか。

(1) まず、上記白紙委任状により、「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した」(同項。以下「代理権投与表示」という。)と認められるか。

ア 代理権授与表示を要件とした同項の趣旨は、代理権を与えていないにもかかわらずそのように第三者に表示した本人においては、第三者保護のための十分な帰責性が認められ、本人保護の要請が低くなる点にある。すなわち、同項の趣旨は、本人と第三者の利益衡量のための規定であるといえる。

 そこで、本件のように、白紙委任状が、それを正当に取得した者ならだれが行使しても差し支えないという趣旨で交付されたものではない場合においては、白紙委任状を交付された本人若しくはこれと同視しうる者が相手方欄若しくは委任事項欄を濫用したにすぎない場合や、そうでなくとも、②転得者による委任事項の濫用が顕著とはいえない場合は、代理権授与表示を肯定することができるものというべきである。このような場合には、本人が覚悟していたのとほぼ同じ結果が生じるだけであり、本人保護の必要性は大きくないためである。他方、転得者による委任事項の濫用が顕著な場合には、本人保護の必要性が大きいため、代理権授与表示があったものと認めるべきではないということになる。

イ これを本件について見ると、上記のとおり、上記白紙委任状は、Aの本件山林の所有権移転登記手続のため交付されたものであって、転々流通を常態とするものでない書類として交付されているのであるから、本件白紙委任状は、それを正当に取得した者ならだれが行使しても差し支えないという趣旨で交付されたものではないと認められる。そこで、無権代理人Bが、「白紙委任状を交付された本人若しくはこれと同視しうる者が相手方欄若しくは委任事項欄を濫用したにすぎない場合」に該当するか否かを検討する必要がある。

 これを本件について見ると、Yは、本件山林の所有権移転登記手続のため本件書類をAの代理人Bに交付し、Bは、これをAに交付したが、Aは、ふたたびBを代理人とし、Bに本件書類を交付してBをしてXらとの間に本件山林とXら共有の山林の交換にあたらせ、Bは、Xらの代理人Cに対し、Yから何ら代理権を授与されていないにもかかわらず、本件書類を示してYの代理人のごとく装い、契約の相手方をYと誤信したCとの間に本件交換契約を締結するに至ったというのであって、本件書類はYからBに、BからAに、そしてさらに、AからBに順次交付されてはいるが、Bは、Yから本件書類を直接交付され、また、Aは、Bから本件書頬の交付を受けることを予定されていたもので、いずれもYから信頼を受けた特定他人であってたとえ本件書類がAからさらにBに交付されても、本件書類の収受は、Yにとって特定他人であるB間で前記のような経緯のもとになされたものにすぎないのであるから、Bを直接の被交付者と同視し得るような特別の事情がある。

 それゆえ、本件において、無権代理人Bは、「白紙委任状を交付された本人と同視しうる者」に該当する。

ウ したがって、代理権授与表示は認められる。(なお、ここでの表示は、山林の売買契約の表示であるといえる。本件山林の交換契約は表示された「その代理権の範囲」(109条1項)にとどまるものでないから、同項によるYへの本件山林交換契約の効果帰属は認められない。)

(2) また、上記のとおり、Bには本件交換契約を締結する「権限」は与えられていないのであるから、本件交換契約の締結は、「代理権の範囲外の行為」(2項)にあたる。

(3) では、「その行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由がある」(2項)といえるか。

ア 「正当な理由」の要件は、代理権に対する相手方の正当な信頼があったことを意味するから、代理権の存在についての善意・無過失と同義であると解する。そして、その判断に当たっては、取引の内容、取引の主体、取引の方法等の諸般の事情を総合的に考慮すべきである。

イ (以下、「正当な理由」の有無について論じる。)

※ 佐久間『民法の基礎1』には、109条2項(旧民法109条と110条の競合適用)について、「代理権授与表示に示されている委任事項と異なる事項について、相手方が代理権の存在を信じたことに正当理由が認められることは、ほとんどな」く、「そのような正当理由が認められる場合」は、「代理権授与」表示があったとみてよいため、「この場合には、端的に、109条(1項)の表見代理が成立するはずであ」り、109条2項を適用する必要はないとある。教科書にあげられたケース(百選㉜)は、授権表示が「売買」の範囲に限定されていたのに、実際には「交換」が実行された稀なケースです。このように、(実際は代理権を与えていないがその者に代理権があると)表示してしまったその内容と、無権代理人により実際になされた事項が一致しない場合には、無権代理人に実際になされた事項につき権限があると信ずる正当な理由がある場合に限り、相手方が保護されることになります(①授与表示アリ(109条1項)、②表示された内容以上のことをしてしまった(109条2項))。もっとも、このように表示された内容と実際に行われた内容が食い違っているのに、代理人に「実際に行われた行為」につき権限があるのだと信ずる正当な理由がある場合は、なかなかないのではないか? 正当な理由がある場合には、もはや、そもそも「実際に行われた行為につき授与表示があった」といえる場合がほとんどなのではないか? ということ。そうすると百選㉜の差戻審では「正当な理由はなかった」と判断されたのではないかと(私は)予想している。

 

百選Ⅰ-33 消滅した代理権の範囲を超えてされた代理行為と表見代理

1 XのYに対する連帯保証契約に基づく履行請求は認められるか。

2(1) 本件において、Yは、Aに上記契約を締結する「権限」(99条1項)を与えていなかったというのであるから、Aが、上記連帯保証契約を締結したことは、無権代理行為(113条1項)であるといえる。

それゆえ、本件連帯保証契約が「本人」たるY「に対して直接にその効力を生ずる」(同項)ことはないのが原則である。

(2) そして、本件では、本人たるYがBの無権代理行為を追認したとの事情はない。よって、本件連帯保証契約の効果は、113条1項によっては、Yに帰属しないことになりそうである。

3 もっとも、Xとしては、112条2項の適用により、本件連帯保証契約の責任を、Yに追及することはできるか。

(1) 本件では、かつて、AがYの代理人として保証契約に関与したことがあるというのであって、Yは、Aという「他人に代理権を与えた者」であるといえる。

 また、Aの「代理権」は、既に、上記保証契約の締結という行為を完了することによって「消滅」している。そして、その「後」に、Aは、Xとの間でYの代理人として上記連帯保証契約を締結している。

(2) もっとも、本件において、Aは、かつて有していた保証契約に関する「代理権の範囲」を超えて、連帯保証契約を締結している。

 それゆえ、本件は、Aが、「その代理権の範囲内」である保証契約の締結をしていた場合であれば」、Yが、112条1項の規定により「その責任を負うべき場合」で、かつ、Aが、「その代理権の範囲外の行為をしたとき」に該当する。

(3) そこで、本件連帯保証契約について、Aに代理権があると、その相手方であるXが「信ずべき正当な理由があ」ったといえる場合には、Xの上記請求は認められることになるところ・・・

4 よって・・・

 

百選Ⅰ-34

1 Xは、Yに対して、無権代理人の「履行…の責任」として(117条1項)、500万円の支払を請求することが考えられる。そこで、その要件を検討する。

 Yは、「他人」Bの「代理人」として、Xとの間で連帯保証「契約をした」(同項)と認められる。また、Yは、「自己の代理権を証明」することも、「本人の追認を得」る(同項)こともできていない。したがって、Yは、「相手方」Xの「選択に従い」、「履行…の責任を負う」(同項)のが原則である。

2 これに対して、Yとしては、以下のように反論することが考えられる。

(1) まず、Yとしては、表見代理が成立する場合には無権代理人の黄任は発生しないから、無権代理人は、表見代理が成立することを抗弁として主張することができると反論することが考えられる。

(2) しかし、無権代理人の責任をもって表見代理が成立しない場合における補充的な責任、すなわち表見代理によっては保護を受けることのできない相手方を救済するための制度であると解すべき根拠はなく、両者は、互いに独立した制度であると解するのが相当である。したがって、無権代理人の責任の要件と表見代理の要件がともに存在する場合においても、表見代理の主張をすると否とは相手方の自由であると解すべきであるから、相手方は、表見代理の主張をしないで、直ちに無権代理人に対し117条の貴任を問うことができるものと解するのが相当である。

 そして、表見代理は本来相手方保護のための制度であるから、無権代理人が表見代理の成立要件を主張立証して自己の責任を免れることは、制度本来の趣旨に反するというべきである。

(3) したがって、無権代理人は、表見代理が成立することを抗弁として主張することはできないものと解するのが相当である。

3 次に、Yとしては、Yが「代理権を有しないことを」相手方Xは、「過失によって知らなかった」として、Xの上記請求は認められないと主張することが考えられる(117条2項2号本文)。

(1) ここで、「過失」の意義について、無権代理人の責任は、本人側の責任を原因とする表見代理によっては保護を受けることのできない場合の相手方を救済し、もって取引の安全を確保しようとするもので、無権代理人の責任を原因とするものであるから、「過失」とは、相手方を保護することが却って信義則(1条2項)ないし公平の原理に反することになる場合、すなわち相手方に悪意に近いほどの重大な過失がある場合を指すとの見解がある。しかし、無権代理人の責任は表見代理が成立しない場合の補充的な責任でないことは上記のとおりである。

 また、民法は、「過失」と「重大な過失」とを明らかに区別して規定しており、「重大な過失」を要件とするときは特にその旨を明記しているから、単に「過失」と規定している場合には、その明文に反してこれを「重大な過失」と解釈することは、そのように解すべき特段の合理的な理由がある場合を除き、許されないというべきである。

 そして、112条による無権代理人の責任は、無権代理人が相手方に対し代理権がある旨を表示し又は自己を代理人であると信じさせるような行為をした事実を責任の根拠として、相手方の保護と取引の安全並びに代理制度の信用保持のために、法律が特別に認めた無過失責任であり、同条2項の規定は、同条1項が無権代理人に無過失責任という重い貴任を負わせたところから、相手方において代理権のないことを知っていたとき若しくはこれを知らなかったことにつき過失があるときは、同条の保護に値しないものとして、無権代理人の免責を認めたものと解すべきである。以上の趣旨に徴すると、「過失」は重大な過失に限定されるべきものではないと解するのが相当である。

(2) (以下、「過失」の有無について論じる。)

 

百選Ⅰ-35 本人の無権代理人相続

1 YのXに対する本件建物の所有権移転登記抹消手続請求及び、本件建物の明渡し請求は認められるか。

2 この請求が認められるためには、Y所有の建物につき(無権限で)Xの登記が存在していること、および、Y所有の建物をXが無権限に占有していることが必要である。

(1) 本問においてXは、本人Yの代理人を名乗るAと、本件建物の売買契約を締結しているが、実際にはAは無権代理人であったため、追認がない限り、その効果は本人Yには帰属しないのが原則である(113条1項)。そして、Yの本請求は追認の拒絶に他ならないから、Yには本件売買契約の効果は帰属せず、その結果、Yの請求は認められるのが原則である。

(2) もっとも、本問においてYは、相続により、無権代理人たるAの権利義務を包括的に承継している(896条)。そのため、相続により無権代理人たる地位も本人たるYに承継され、両地位が同一人に帰属し融合することによって、AX間の売買契約は当然に有効になるのではないかが問題となる。

 しかし、このように解すると、相続という偶然の事情により、本人の追認拒絶権(113条2項)・相手方の取消権(115条)が奪われることになり、双方にとって妥当ではない。

 そこで、相続により本人が無権代理人たる地位を承継した場合であっても、本人たる地位と無権代理人たる地位は本人の下で併存すると解する。

(3) そして本人たるYは、被相続人無権代理行為の追認を拒絶しても何ら信義に反するところはない(1条2項)。

(4) よって、Yは、Xの無権代理につき追認を拒絶することができる。

3 以上より、YのXに対する請求は認められる。

 とはいえ、Yは、Xの無権代理人たる地位も兼ね揃えているのであるから、無権代理人の責任(117条)を免れることはできない。しかしこの場合に本人Yに売買契約の履行として甲土地の所有権移転登記をさせることを認めてしまうと、上述のように考えた意味がなくなってしまうため、本人Yは、損害賠償責任を負うにとどまると解する。 

 

百選Ⅰ-36 無権代理人の本人相続

1 本件における、XのYに対する連帯保証責任の追及は、認められるか。

 YはAからBに対する貸金債権を譲り受けていることから、Yは、保証債務の随伴性により連帯保証人に対してもその責任を追及することができる。そして、YはCの死亡により、Cの連帯保証責任を相続(896条)していることから、XのYに対する請求は認められるはずである。

 しかし、これが認められるためには、そもそも本件連帯保証契約が有効に成立していることが必要であるところ、本件連帯保証契約は、Yが無権代理人としてCの名をかたってAと締結したものであるから、本人に対してその効力を生じないのが原則である。とすると、XのYに対する連帯保証責任の追及は認められないこととなる。

2 とはいえ、本件において無権代理人たるYは、相続により、Dとともに1/2ずつの持分割合で本人たるAの権利義務を包括的に承継している(896条)。そのため、無権代理人たるYのもとに、Aの本人たる地位が1/2の割合で承継され、両地位が同一人に帰属し融合することによって、当該AX間の契約は1/2の範囲で当然に有効になるのではないかとも思える。しかし、こう解すると、相続という偶然の事情により、本人の追認拒絶権(113条2項)・相手方の取消権(115条)が奪われることになり、双方にとって妥当ではない。そこで、相続により本人が無権代理人たる地位を承継した場合であっても、 双方の地位は本人の下で併存するものであると解されるから、売買契約の効力が1/2の割合で当然に有効となるものではないと解される。

3 しかし、無権代理人Yが、本人たる地位を以て、無権代理行為の追認を拒絶するのは信義に反する(民法1条2項)というべきであるから、無権代理人たるYは、相続分たる1/2の割合で追認を強制されるのではないか。

 ここで、追認権・追認拒絶権はもともと、その一部を分割して行使できるものではない(264条、251条参照)。それゆえ、その性質上、これらの権利は共同相続人全員に不可分に帰属しているというべきである。また、このように考えることが、追認権・追認拒絶権の分割行使による法律関係の複雑化を防止する観点からも妥当である。それゆえ、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、 他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理人の無権代理行為は、追認権の不可分性から、無権代理人の相続分に相当する部分においても、信義則により追認を強制され当然に有効となるものではないと解するのが妥当である。

4 よって、共同相続人Dが追認をしない以上、Yの追認拒絶は1/2についても信義則上当然に強制されない。

 それゆえ、Dが追認をしない場合には、Yは、Xの請求のすべてを拒むことが可能である。もっとも、この場合であっても、Yは自身の無権代理人たる地位を理由に、無権代理人としての責任(117条)を負うため、Xは、Yに対して連帯保証人としての責任追及又は損害賠償の請求をすることができる。

 

百選Ⅰ-37 無権利者を委託者とする販売委託契約の所有者による追認の効果

1 Xは、Yに対して、Xが所有していたブナシメジを目的物とする、AY間売買契約(販売委託契約)に基づく代金支払い請求権を、Aによる他人物売買を追認することによって自らが取得したと主張して、行使することが考えられる。

2 では、これは認められるか。

 このように、「無権利者を委託者とする物の販売委託契約が締結された場合に、当該物の所有者が、自己と同契約の受託者との間に同契約に基づく債権債務を発生させる趣旨でこれを追認したとしても、その所有者が同契約に基づく販売代金の引渡請求権を取得すると解することはできない」と解すべきである

 なぜならば、この場合においても、販売委託契約は、無権利者と受託者との間に有効に成立しているのであり、当該物の所有者が同契約を事後的に追認したとしても」売買目的物、同契約に基づく契約当事者の地位が所有者に移転し、同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに至ると解する理由はないからである。仮に、上記の追認により、同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに 至ると解するならば、上記受託者が無権利者に対して有していた抗弁を主張することができなくなるなど、受託者に不測の不利益を与えることになり、相当ではない

3 よって、上記請求は認められない。

 

百選Ⅰ-38 他人の権利の処分と追認

1 XのYに対する、所有権に基づく甲不動産の抵当権設定登記抹消登記手続請求は認められるか。上記請求が認められるためには、Xが甲不動産の所有権を有しており、他方、Yが甲不動産に月抵当権設定登記がなされている必要があるところ、これについて争いはない。そうすると、上記請求は認められるのが原則である。

2 もっとも、Yとしては、本件においては、Aとの間で抵当権設定契約を締結している。それゆえ、これを挙げて登記保持権限を主張することになろうが、他方で、Xとしては、Aは甲不動産につき無権利であるから、Aのいう抵当権設定契約は無効であり、よって、登記保持権限の主張は認められないと主張することになろう。とはいえ、Yとしてはさらに、Xが、AY間の抵当権設定契約を追認したことを挙げ、さかのぼってその効力が生じていたとして、登記保持権限の主張は認められるものと主張することが考えられる。

 これについては、このように、「或る物件につき、なんら権利を有しない者が、これを自己の権利に属するものとして処分した場合において真実の権利者が後日これを追認したときは、無権代理行為の追認に関する民法116条の類推適用により、処分の時に遡って効力を生ずるものと解するのを相当とする。」

 それゆえ、結局、Yの反論が妥当することになろう。

3 よって、XのYに対する請求は認められない。

 

百選Ⅰ-39 未成年当時にした行為についての法定追認の成否

1 XのYに対する消費貸借契約に基づく貸金返還請求は認められるか。

2(1)  XY間では消費貸借契約があった以上、上記請求は認められるのが原則である。

(2) もっとも、上記消費貸借契約締結時、Yは、未成年であったと。そこで、Yとしては、120条1項により、上記契約を取消すことで、遡及的に無効にすること(121条の2)を主張しうる。

(3) そこで、Xとしては、既にYは、貸金返還債務の一部を履行することにより、法定追認(125条)をしていることから、本件消費貸借契約を取消し得ないと主張することが考えられる。

(4) 他方で、Yとしては、さらに、これに対して、自身は法定追認の際、上記消費貸借につき120条1項の取消し原因があったことを知らなかったと主張することになろう。

 ここで、124条1項は、「取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない」としている。そして、これは、未成年が、120条1項の取消し原因がある場合において、125条に基づき法定追認をする場面においても(125条にいう「追認をすることができる時」とは、「取消の原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った時」としか読めない)、適用される。そうすると、上記の通り、Yが、法定追認の際、120条1項の取消し原因があったことを知らなかったというのであれば、本件においては、法定追認の効力が生じていないということになる。

3 よって、XのYに対する上記請求は認められない。

 

百選Ⅰ-40 故意の条件成就

1 Xの、Yに対する、執行文付与に対する異議の訴えは認められるか。

2 Yは、Xに対して、Xが和解条項に違反する行為をしたという停止条件成就を以て、その違約金1000万円の支払い義務の発生を主張している。そして、Xが和解条項に反する行為を行ったのは事実である。そうすると、Yの主張は認められることになりそうである。

 そこで、Xとしては、異議事由として、130条2項に基づき、本件では和解条項の条件は成就していないから、違約金は発生していない、と主張することが考えられる。

(1) すなわち、130条2項は、「条件が成就することによって利益を受ける当事者が不正にその条件を成就させたときは、相手方は、その条件が成就しなかったものとみなすことができる」としているところ、Xは、この適用があると主張することになろう。

(2) ここで、「不正に」とは、「条件を付した趣旨に反して故意に」という意味である。

 本件においては、かつてXがYの特許権を侵害したことから、今後、そのようなことがないよう、和解条項が設定され、それを担保する趣旨で、違約金の定めが置かれたのである。

 そして、Yは、本件において「単に本件和解条項違反行為の有無を調査ないし確認する範囲を超えて、Bを介して積極的にX…を本件和解条項…に違反する行為をするように誘引し」ている。これは、上記和解条項の趣旨に反して、「故意に条件を成就させたもの」といえる。

(4) それゆえ、本件においては、和解条項による条件は、「成就しなかったものとみな」される。

3 よって、XのYに対する異議の訴えは認容されるものというべきである。 

 

ケースブック刑法 起案 第13講

第13講 不作為と共同正犯・幇助

設問1

第1 Xの罪責

1 Xが殺人の故意をもって、Aに授乳等をしなかったことについて、不作為による殺人罪(199条)が成立しないか。不作為の場合に、作為の場合と同様の実行行為性が認められるかが問題となる。

(1) 実行行為とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為である。とすると、不作為によってもかかる危険を発生させることは可能であるのだから、これを肯定するべきである。そこで、不作為であってもそれが作為と同視しうるときは、実行行為性が認められると解する。

(2) そして刑法上要求される作為義務に違反した場合には、これが肯定されると解する。この作為義務が存在するかは、法令や契約をはじめ保護の引き受け、排他的支配の有無、先行行為の存在等の事情から総合的に判断して決すべきである。とはいえ、法は不可能を強いるものではないため、作為可能性・容易性がない場合は作為義務の存在を否定されるべきである。

(3) 本問についてこれを見ると、XはAの母親であることからAを扶養する法令上の監護義務があり(民法820条)、Aの保護を期待される地位にある。

また、Aはアレルギーで母乳しか飲めなかったのであるから、Aの生命の危険は、専らAによる授乳等の有無にかかっていた。そのため、Xは、Aの生命の危険が切迫化する過程について排他的支配を有していたといえる。

また、XがAに授乳することは、同居しているZに妨害されていたわけでもないのだから、容易に行うことが可能だったはずである。

以上から総合的に判断すると、XにはAを保護する作為義務があったといえる。それにもかかわらず、甲がAに授乳等を一切しなくなったことは、作為義務を怠ったものであると評価できる。

(4) よって、遅くとも、Aの生命の危険が生じた、Xの授乳時から24時間を経過した時点で、Xの実行の着手が認められ、甲の不作為には殺人の実行行為性が認められる。

2 次に、Xの不作為とAの死の結果について、因果関係は認められるか。Aの直接の死因は、Xの不作為によってではなく、タクシーに衝突されたことで生じた脳挫傷によるものであることから問題となる。

(1) 因果関係は、行為の持つ危険性が結果へと現実化したといえる場合に認められる。そして本問のように行為と結果との間に介在事情がある場合には、①行為それ自体が持つ危険性が結果へと現実化されるのを、②介在事情の有する危険性が結果へと大きく寄与することによって妨げていないかを判断する必要がある。もっとも、介在事情の持つ危険が結果へと大きく寄与したといえる場合(②)であっても、③行為者の行為が結果を誘発したといえるような場合には、行為の持つ危険性が介在事情を経由して結果を現実化したといえるため、行為と結果との間に因果関係を認めるべきである。

(2) 本問では、仮にYが事故にあうことなくAを病院に連れて行き、適切な治療を受けさせたとしても、Aが助かる可能性はなかったのであるから、Xの不作為自体の持つ危険性はかなり大きかったといえる(①)。しかし、介在事情たる自動車事故も、Xの不作為と同程度、もしくはそれ以上に危険なものである。また、Aの直接の死因はこれによって生じているのであるから、介在事情の結果への寄与度はかなり大きかったと評価できる(②)。では、Xの行為(不作為)自体が持つ危険性が結果を誘発したといえるか。確かに、本問においてYは、Xにより瀕死の状態に追いやられたAを助けようとしたところを、Aとともに事故にあっているのであるから、Xの不作為がAの死に少なからず関係していることは否定できない。しかし、この自動車事故はタクシー運転手の過失に大きく起因するものであり、これはXの不作為とは別個の原因に基づくものであるから、Xの行為が持つ危険性が、「タクシーに衝突されたことで生じた脳挫傷」による死亡という結果を誘発したとまでは言えない(③)。

(3) 以上より、Xの不作為とAの死亡結果の間に因果関係は認めらない。

(4) とはいえ、Aの生命の危険が生じた時点においてもXは不作為を継続していることから、Xの殺害の決意は維持されており、殺意が認められるので、Xには殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。

3 もっとも、Xは7月3日の夕方の時点で、翻意して授乳を再開していることから、中止犯(43条但書)が認められないか。Xが、「自己の意思により」「中止した」といえるかが問題となる。

(1) そもそも、中止犯が必要的に減免される根拠は、責任の減少にあるのであるから、「自己の意思により」とは、外部的な影響を受けずに行為者が自発的な動機に基づいて犯罪を中止することを言い、「中止した」とは行為者の真摯な努力をしたことを要し、実行行為が終了している場合には、すでに生じた危険を消滅させ、結果発生の防止のために積極的な措置をとることが必要であると解する。

(2) 本問では、XはAの衰弱した姿を見てかわいそうになって授乳を再開しており、外部的な影響を受けずに自発的に不作為を止めている。

とはいえ、Xが授乳を再開した時には病院で適切な治療を受けさせない限り救命が不可能な状態になっていたのであるから、授乳を再開しただけではAの死の危険を消滅させたことにならない。また、Xは警察に発覚することを恐れてAを病院に連れて行かなかったのであるから、Aを助けるために積極的な措置をとったとは言えず、真摯性に欠ける。

よって、Xに中止犯は成立しない。

4 以上より、Xには殺人未遂罪が成立する。

第2 Yの罪責について

1 YがX方に立ち入った行為について、住居侵入罪(130条前段)は成立するか。

(1) 「侵入」とは、住居権者の意思に反した立ち入り(若しくは住居の平穏を害する場合)を言う。そこで、本件のアパートの「住居権者」は誰かが問題となる。

本問では、問題となるアパートの名義はYのままとなっており、家賃もYが支払っているが、実際に住んでいたのはXなのであるから、実際の住居権者はXであるといえる。そして、Yはアパートを出ていく際、「二度とここには来るな」とXから告げられており、XとYは離婚こそしていないものの別居状態にあったこと、YはXには内緒で合鍵を所持していたことを考慮すると、本件のX方への立ち入りは、住居権者たるXの意思に反する立入であるといえ、よって、これは、「侵入」にあたる。

(2) 「正当な理由」があるか。X方のアパートは、Y名義で借りている。しかし、X方の家賃はYが支払っていること、現実にそこに住んでいるのはYらであったことに鑑みれば、名義があるというだけで立ち入りに「正当な理由」があるとはいえない。また、いまだXYが婚姻を解消しておらず、Yは法律上はXの夫であることも、それのみをもって「正当な理由」を基礎付けることはできない。

(3) そしてYもそれを認識していたはずであるから、Yには住居侵入罪の故意も認められる。

(4) よって、Yの行為は「侵入」にあたり、Yには住居侵入罪が成立する。

2 では、YがAをX方から連れ去った行為につき、未成年者略取罪(224条)は成立するか。

(1) YがAを連れ去った行為が「略取」といえるかが問題となる。略取とは、暴行又は脅迫により被略取者を生活環境から離脱させて、行為者又は第三者の実力的支配下に置くことをいう。そしてYがAを抱きかかえて連れ去った行為は、有形力を行使してAを生活環境である甲方から離脱させ、Yの実力的支配下に置くものといえるから、略取に当たる。

(2) そして本罪の保護法益は未成年者の自由・安全、および親権者等の監護権であるから、未成年の同意がある場合であっても、他方の親権者の監護権を害するような場合は、親権者も本罪の主体となりうる。

(3) もっとも、親権者の一人が他方の親権者の監護下にある子を略取した場合において、監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情がある場合は、社会通念上許容され得る枠内にとどまる限り、違法性を阻却すべきである。

しかし、本問においてYは、衰弱したAを救出するために略取したわけではない。よって、Yの行為の違法性は阻却されないというべきである。

(4) よって、Yには未成年者略取罪が成立する。

3 以上より、Yには住居侵入罪と未成年者略取罪が成立し、両罪は牽連犯(54条1項)となる。

第2 Zの罪責

1 Zに殺人未遂罪(203条、199条)が成立しないか。Zは、6月1日頃からX方でAのおむつを交換したり、入浴させたりとAの世話をしていたが、次第にうとましくなり、6月20日頃からは、一切Aの世話をしていないというにすぎず、先行行為はない。また、危険の引き受けもないから、ZにはAに対する不作為の殺人未遂罪は成立しない。

2 Zに殺人未遂罪の共同正犯(60条、203条、199条)が成立しないか。

Zは、XがAを殺害しようとしているという意図を7月2日の昼頃に察しているが、XはZが気づいているとは思っていない。刑法60条の共同正犯の成立には、「共同して」行うこと、すなわち犯罪についての意思連絡が必要であるところ、この意思連絡がXZ間でなされていないから、殺人未遂罪の共同正犯は成立しない。

3 そこで、Zに殺人未遂幇助罪(203条、199条、62条1項)が成立しないか。

(1) まず、Zが7月2日昼前にZがAの衰弱に気づいて以降、Aを放置した行為について、不作為による殺人未遂幇助罪が成立しないか。

幇助とは、結果発生を容易にする行為を言う。そうであれば、不作為による幇助であっても、正犯者の結果発生を容易にすることは可能である以上、作為による幇助と同価値であると認められる限り、成立しうるものと解すべきである。

しかし、Zは、1と同様、作為義務をかすことはできない。よって、Zに殺人未遂幇助罪は成立しない。

(2) 次に、Zが7月3日夕方にXの母の来訪を阻止した行為に作為による殺人未遂幇助罪が成立しないか。「幇助」とは、結果発生を容易にする行為をいう。また、幇助行為と結果との間の因果関係は、幇助行為が結果発生を促進したかどうかで判断する。

Zは、7月3日夕方にXの母親に対し、噓をつき、X方に来訪させていない。Zがこのような行為をしなければ、Xの母親がAを直ちに病院に連れて行き、Aは救命されていたといえるところ、ZはXの母親の来訪を阻止することで、XによるA殺害を容易にしている。また、Xの母親をX方に来訪させない行為により、A殺害は促進されている。

(3) よって、Zには殺人未遂幇助罪(62条1項、199条)が成立する。

1 不作為の共同正犯

不作為の共犯(双方が不作為である場合)

 双方が不作為である場合には、2人の間で共謀があったとしても、少なくともどちらかに作為義務が必要となる。そして、どちらかに作為義務が認定された場合には、もう片方については、共謀を結んだことをもって、作為関与をしたととらえることにより、作為義務を不問のものとすることができる。したがって、双方不作為の共同正犯において、いずれかに作為義務が認められることで足りると考える。 ※ 作為義務を身分と考えない説に立った場合。作為義務を身分と考える場合には、別途65条が問題となる。

 

2 不作為の幇助

不作為の幇助

事例 Xは、内縁関係にあるAがXの次男Bに対し顔面、頭部を殴打するなどのせっかんを加え同人を死亡させた際、Aがせっかんを開始したことを認識しつつ、Aの行動には無関心を装っていた。

1 本事例では、まずXに殺人罪の共同正犯が成立することが考えられる。

  • ここで、Xは、殴られるだけでBが死ぬことはないだろうと思っていれば、殺人の故意が認められず、殺人罪の単独正犯ないし幇助犯となることはない⇒傷害致死罪を検討することになる

2 共同正犯の認定

→XとAの間に意思連絡はないから、共同正犯が成立することはない→3・4へ

意思の連絡は認め、正犯性の要件で切った場合、直接4へ

3 共同正犯は成立しないとしても、殺人罪の単独正犯は成立しないか (=単独正犯と幇助の区別が問題となる)。

そもそも、正犯と狭義の共犯の区別は、「自己の犯罪」として行ったか否かによって区別されるところ)Xは~

傷害致死の場合):たしかに、Xは「殴られて多少けがをするのは仕方ない」と考えているものの、Aの暴行に加担したわけではなく、これを黙認したにすぎないから、積極的関与がない。 したがって、自己の犯罪として行ったものとは認められず、幇助犯の成否を検討する

4 では、幇助犯は成立しないか。

(1) ここで、「幇助」とは、実行行為以外の行為によって正犯の実行行為を容易にすることをいう。そして、不作為により正犯の実行行為を容易にすることも可能であることから、不作為も「幇助」にあたりうると解する。ただし、自由保障の観点から、当該不作為が、作為による幇助に匹敵する程度の強度の違法性を有している場合にかぎり、「幇助」にあたると解する。具体的には、❶法的な作為義務の存在と❷作為の可能性・容易性が必要であると解する。また、③幇助と正犯の実行行為との間に因果性が要求される。とはいえ、正犯と異なり、作為による幇助実行行為を促進し、容易にすることで足りると解することの均衡から、犯行を確実に阻止できなくても、犯行を困難に出来た可能性があれば足りると解する。

(2) まず、①XはBの監護権者であり、Bを監護する法律上の義務がある。また、室内にはABの他はXしかおらず、Bの生命身体の保護はXに依存する部分が大きい。したがって、Xに法的な作為義務は肯定される。

②Aは、Xが妊娠していることもあって決して暴行は加えることはなく、Xが数メートル離れた台所の流し台にいたという場所的近接性も考え合わせれば、XがAを制止しうる可能性及びその要請も認められる。

最後に、③上記のように、XがAを制止すれば、AはBに対する暴行を思いとどまった可能性は否定できず、犯行を確実に阻止できなくても、少なくともそれを困難にできた可能性はあったものと考えられる。

(3) 以上から、XはBに対する○○の不作為犯となりうる。なお、XとAの間にBに対する暴行について意思の連絡は無いが、幇助犯は正犯の犯行を促進し、容易にすることで足りるので必ずしも、意思の連絡は必要ないものと解すべきである(片面的幇助)。

 

百選・Law Practice民訴法 起案 25~52

【25】 具体的相続分確認の訴え (最一小判平成12・2・24)

1 具体的相続分確認の訴えに確認の利益が認められるか。

2 訴えの具体的相続分は、遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものである。そして、それ自体を実体法上の権利関係であるということはできず、遺産分割審判事件における遺産の分割や遺留分減殺請求に関する訴訟事件における遺留分の確定等のための前提問題として審理判断される事項であり、これのみを別個独立に判決によって確認することが紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要であるということはできない。

3 したがって、共同相続人間において具体的相続分についてその価額又は割合の確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法であると解する。

 

【26】 遺言者生存中に提起された遺言無効確認の訴え (最二小判平成11・6・11)

1 遺言者がアルツハイマー型老人性痴呆と診断され、心神喪失の常況にあり、病状の改善の見込みがない状態において、遺言者が生存中に遺言無効確認を求める訴えに、確認の利益が認められるか。

2 確認の訴えは、権利関係を観念的に確定するものであり、その性質上確認の対象は無限定である。そうすると、確認の訴えの利益は、真に紛争解決の必要性・実効性が認められる場合に限定する必要がある。具体的には、①確認対象の適否、②即時確定の利益、③方法選択の適否(確認訴訟によることの適否)により判断していくべきと考えられる。

そして、①の確認対象の適否については、ⅰ)自己の、ⅱ)現在の、ⅲ)権利・法律関係の、ⅳ)積極的確認請求である場合に、原則として認められる。このような場合には、その訴訟物である権利又は法律関係の存否の確認判決をすることが有効適切であると認められるからである。

そして、遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法985条1項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法1022条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法994条1項)。そのため、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって、現在(ⅱ)、何らかの法律関係が発生しているわけではない(ⅲ)のであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない。

3 したがって、遺言者が生存中に遺言無効確認を求める場合、受遺者とされた者の権利又は法律的地位に不安が現に存在しているとはいえず、遺言者が生存中に遺言無効確認を求める訴えに確認の利益が認められない。このことは、遺言者が心身喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。

 

【27】 条件付法律関係の確認――敷金返還請求権の確認 (最一小判平成11・1・21)

Law Practice 発展問題 3 確認の利益(2)-敷金返還請求権-

1 X としては、Y に対して賃貸借契約終了時に 240 万円の返還請求権が存在することを確定するために、保証金返還請求権確認訴訟を提起することが考えられる。

2 そこで、確認の訴えの利益が認められるかが問題となる。以下、検討する。

確認の訴えは、権利関係を観念的に確定するものであり、その性質上確認の対象は無限定である。そうすると、確認の訴えの利益は、真に紛争解決の必要性・実効性が認められる場合に限定する必要がある。具体的には、①方法選択の適否(確認訴訟によることの適否)、②確認対象の適否、③即時確定の利益により判断していくべきと考えられる。

(1) 方法選択の適切性

まず、本件では、X の権利や法律上の地位に対する危険や不安を除去するために、確認の訴えよりも適切な他の法的手段はないため、確認訴訟によることは方法選択として適切である。

(2) 確認対象の適切性

そうだとしても、将来の法律関係を確認対象とすることは、確認対象として適切であるといえるか。将来の法律関係は未必的であることから問題となる。

そこで考えるに、将来の法律関係について裁判所が予測することには限界があり、実際に生じる事態と齟齬が生じる可能性が常に存在する以上、それについての争いを現時点で解決することは有効・適切とはいえない。したがって、将来の法律関係については、確認対象の適切性は認められないのが原則である。

もっとも、将来の法律関係であっても、条件付きの法律関係と構成することを経由して現在の法律関係に引き直すことができる場合には、確認訴訟の紛争予防的機能を重視し、例外的に確認対象の適切性が認められるものと解する。

本件についてみると、X の主張によると、本件賃貸借契約が締結された際に、X から Y に対して差し入れた 300 万円は敷金であり、契約終了時には Y はその 2 割を償却し、8 割を返還する義務があるとしている。この点について、建物賃貸借契約における敷金返還請求権は、賃貸借契約終了後、建物明渡しがされた時に、それまでに生じた敷金の被担保債権の一切を控除し、なお残額があることを条件としてその残額について発生するものであり、賃貸借契約終了前においても、このような条件付きの権利として存在しているものとみることができる。

したがって、本件保証金返還請求権確認訴訟は、条件付きの法律関係と構成することを経由して現在の法律関係に引き直すことができる敷金返還請求権の存否を確認の対象とするものであるから、確認対象の適切性は認められる。

(3) 即時確定の利益

さらに、確認の利益が認められるためには、原告の権利・地位に不安・危険が生じていなければならず、かつ、その不安・危険は現実的なものでなければならない。

本件についてみると、Y は、保証金名目の金銭の差し入れがあったかどうかという事実そのものを争っており、仮に差し入れの事実が認められるとしても返還約束は存在していないと主張している。

このような Y の言動は、まさに X の地位を否認したり、X の地位と抵触する地位を主張するものであるから、原告の権利・地位に不安・危険が生じており、かつそれは現実的なものとなっているといえる。

したがって、本件では、即時確定の利益も認められる。

3 以上より、本件保証金返還請求権確認訴訟には、確認の利益が認められるので、裁判所は、本件訴訟を適法と認めてよい。

 

【28】 将来の法律関係の確認――雇用者たる地位の確認 (東京地判平成19・3・26)

1 被告会社が平成19年6月30日限りでRA(リスクアドバイザー)制度を廃止する方針を提案・通知したことから、これを無効とする原告らが7月1日以降もRAの地位を有することの確認を求めた事案で、確認の利益が認められるか。

2 確認の訴えは、権利関係を観念的に確定するものであり、その性質上確認の対象は無限定である。そうすると、確認の訴えの利益は、真に紛争解決の必要性・実効性が認められる場合に限定する必要がある。具体的には、①方法選択の適否(確認訴訟によることの適否)、②確認対象の適否、③即時確定の利益により判断していくべきと考えられる。

そして、当該訴えは、将来の法律関係の確認を求めるものであるから、確認対象の適格性との関係が問題となり、また、即時確定の利益との関係も問題となる。

(1) まず、確認対象の適格性は、原則として現在の権利又は法律関係に認められる。もっとも、将来の権利又は法律関係であっても、侵害の発生する危険が確実視できる程度に現実化しており、かつ、侵害の具体的発生を待っていたのでは回復困難な不利益をもたらすような場合には、確認の対象として許容する余地があるというべきである。

  本件では、確認対象の適格性が認められる。

(2) 次に、即時確定の利益、被告が原告らの権利を否定したり、権利関係について原告らの主張と相容れない主張をしたり、そのために原告らの権利者としての地位に危険や不安が生じている場合などのように、一定の権利又は法律関係の存否を原告らと被告との間で判決により早急に確認する必要があり、かつ、当該確認判決を得ることによって、原告らの権利又は法的地位につき存する危険や不安が除去されることが期待しうる場合には、これを認めるのが相当である。

  本件では、平成19年7月1日以降のRAとしての地位について危険及び不安が存在・切迫しており、即時確定の利益も認められる。

3 よって、本件訴えに確認の利益が認められる。

 

【29】 債務不存在確認訴訟の訴えの利益 (最一小判平成16・3・25)

1 巨額の生命保険を掛けた後に自殺した零細企業の経営者の保険金請求をめぐる事件で、当該零細企業X1及び経営者の妻X2が生命保険会社に対して保険金の支払を求めた(第一事件)ことから、生命保険会社がXらに対して保険金支払債務の不存在確認請求訴訟(第二事件)を提起し、その後、第二事件に関してXらが生命保険会社に対して保険金の支払を求める反訴(第三事件)を提起した。この場合に、①第三事件は二重起訴として不適法とならないか、また、②仮に第三事件が不適法とならない場合、第二事件は訴えの利益を消失しないか、が問題となる。

2 まず、第三事件を、別訴として提起することは二重起訴禁止に触れるが、反訴として提起することは、判決相互の矛盾抵触は生じず、二重起訴の禁止に反しないと解する。

3 次に第二事件の訴えの利益については、確認訴訟と給付訴訟とは訴訟物が給付義務の有無である点で共通であり、給付訴訟の方が執行力を付与できる点で紛争解決機能が高いことから、給付訴訟の反訴が提起された以上、債務不存在確認訴訟の審理は不要となり、訴えの利益を消失し、訴え却下とすべきと解する。

 

【30】 株主総会決議取消しの訴え(決議の瑕疵を争う訴え) (最一小判昭和45・4・2)

(省略) 会社法に譲る

  • 類似必要的共同訴訟とは、共同訴訟とすることが強制されるわけではないが、共同訴訟とされた以上は、合一確定が要請され勝敗が一律に決まらなければならない訴訟形態をいう。⇒どのような場合に類似必要的共同訴訟となるかについては、通説は、判決効(既判力、対世効)の拡張がある場合としている。 ⇒ 数人の株主が提起する株主総会決議取消しの訴えはこれに当たる。

 

【31】 訴権の濫用 (最一小判昭和53・7・10)

(省略) 会社法に譲る

 

【32】 請求の特定――東海道新幹線騒音事件 (名古屋高判昭和60・4・12)

1 東海道新幹線鉄道列車の走行によって発生する騒音及び振動を、午前7時から午後9時までの間においては騒音65ホン、振動毎秒0.5mm、午前6時から同7時及び午後9時から同12 時までの間においては騒音55ホン、振動毎秒0.3mmを超えて進入させてはならないとの差止めを求めて訴えを提起した場合、このような手段方法を問わず結果の実現のみを目的とすること(抽象的不作為請求)は①請求の特定や②執行可能性に欠けないか。

2 これについて、実体法上は、一般に契約に基づいて、(手段方法は問わず)結果の実現のみを目的とする請求権を発生せしめ、これを訴求しうることは疑いないところであるから、訴訟上も、手段方法を問わず結果の実現のみを目的とすること(抽象的不作為請求)は請求の特定に欠けないと解すべきである。

3 また、抽象的不作為請求の場合、作為又は不作為義務の強制執行につき代替執行により行い得ないが、このような場合に備えて間接強制が認められているから、執行可能性も認められるというべきである。

 

【33】 訴えの交換的変更 (最一小判昭和32・2・28)

1 控訴審における訴えの交換的変更には、被告の同意を要するか。

2 そもそも、訴えの交換的変更とは、新請求を追加して、その併合を待って、その訴訟係属後に旧請求を取り下げるか、または放棄する複合的行為であると解する(261 条 2 項類推)。

そして、旧訴の訴訟係属を消滅させるためには訴えの取下げ又は請求の放棄が必要である以上、訴えの交換的変更の際にも、被告の同意を要するのが原則である。

もっとも、261条2項が被告の同意を要求した趣旨は、被告の利益保護の点にある。そうであれば、控訴審での変更は、旧請求の訴えの取下げとみる限り再訴禁止効が生じるため(同法262 条2項)、被告の同意の有無にかかわらずこれを認めても被告の利益が害されることはない。

3 よって、控訴審における訴えの交換的変更には、旧請求の訴えの取下げとみる限り被告の同意を要しない。

 

【34】 占有の訴えと本権の訴え (最一小判昭和40・3・4)

1 占有の訴えに対して本権に基づく反訴を提起することは、占有の訴えにおいて本権に関する理由に基づいて裁判することを禁ずる民法202条2項に反しないか。

2 これについて、同法202条2項は、占有の訴えにおいて本権に関する理由に基づいて裁判することを禁ずるものであり、占有の訴えに対し防禦方法として本権の主張をなすことは許されない。

しかし、防禦方法としての抗弁と独立の請求としての反訴は異なる。

3 よって、占有の訴えに対し本権に基づく反訴を提起することは、右法条の禁ずるところではないと解する。

 

【35】 境界確定の訴え (最一小判昭和43・2・22)

Law Practice基本問題7 筆界確定訴訟

第1 設問前段について

1 X は、甲地・乙地の筆界は cd を結ぶ線であると主張し、Y に対して筆界確定訴訟を提起しているところ、Y は abcd で囲まれた部分について取得時効が成立していると主張し、裁判所もそのように判断している。このような場合、X の当事者適格を認めて、cd を筆界とする判決を出すことはできるか。筆界確定訴訟における当事者適格をどのように考えるべきかと関連して問題となる。

2 ここに、筆界確定訴訟とは、隣接する土地の公法上の境界線が不明な場合に、判決によって境界線を定めることを求める訴えをいう。筆界確定訴訟は、境界線の形成という法律関係の変動を求めるものであるから、形成訴訟の性質を有するものであるが、形成原因が具体的に定められておらず、訴訟物たる形成原因を観念することができないためにどのような判決を下すべきかが裁判官の合目的的な裁量に委ねられている点で、形成の訴えとは異なる訴訟類型、すなわち、形式的形成訴訟の1つであると解する。そして、当事者適格とは、特定の訴訟物について当事者として訴訟を追行し、本案判決を受けることができる資格をいうこところ、筆界確定訴訟においては、境界を挟んで相隣接する土地それぞれの所有者が、訴訟の結果について最も密接な利害関係を有するといえるため、当事者適格が認められるのが原則である。もっとも、一方当事者の土地のうち、境界の全部に接する部分を他方当事者が時効取得した場合であっても、境界に争いのある隣接土地の所有者同士という関係には変わりがないこと、および、その部分の所有権の取得時効を第三者に対抗するためには所有権移転登記をする必要があるが、時効取得した土地の範囲は境界が明確になることによって定まる関係にあるから、登記の前提として時効取得した土地を分筆するためにも、両土地の境界の確定が必要となることから、隣接する土地所有者同士に当事者適格が認められるものと解する。

本件についてみると、裁判所は abcd について Y の取得時効が成立すると判断しているものの、甲土地と乙土地はなお隣接しており、X および Y は隣接する土地所有者同士といえるため、X に   は当事者適格が認められる。

3 したがって、裁判所は、X の当事者適格を認めて cd を筆界とする判決を出すことができる。

第2 設問後段について

1 cd を筆界とする判決が出され、Y が控訴している場合に、控訴審でアイを筆界とする判決を出すことはできるか。このような判決を出すことは不利益変更禁止の原則(304 条)に反するのではないか。形式的形成訴訟に不利益変更禁止の原則の適用があるかと関連して問題となる。

2 ここに、不利益変更禁止の原則とは、控訴裁判所は、相手方の控訴または附帯控訴がない限り、控訴人の不利に第1審判決の取消しまたは変更をすることができないことをいう。このような不利益変更禁止の原則は、処分権主義に由来するものである以上、処分権主義の妥当しない局面においては、不利益変更禁止の原則も妥当しないというべきである。そして、形式的形成訴訟の1つである筆界確定訴訟においては、公法上の境界は当事者が自由に処分することができるものではないため、処分権主義は妥当しない。したがって、処分権主義が妥当しない筆界確定訴訟においては、不利益変更禁止の原則も妥当しないものと解する。

3 よって、本件においても、控訴審は原判決を取り消してアイを筆界とする旨の判決を出すことができる。  もっとも、受訴裁判所は不意打ちを避けるためにアイを筆界とする旨の主張について釈明する義務があり、当事者の主張していない事実や職権証拠調べの結果については当事者に提示し、主張や反対証拠を提出する機会を与え、当事者の手続保障を図るべきである。

 

【36】 訴え提起と不法行為 (最三小判昭和63・1・26)

1 民事訴訟の提起が、不法行為民法709条)を構成するか。

2 被告としては、応訴を強いられ弁護士費用も負担しなければならない等の経済的・精神的負担を余儀なくされるのだから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は違法とされうる。もっとも、裁判を受ける権利が保障される以上、紛争の終局的解決を裁判所に求めることは最大限尊重されなければならず、訴えの提起が不法行為を構成するか否かは慎重に判断されなければならない。そして、紛争の解決を求めて訴えを提起することは原則として正当な権利であり、敗訴したことをもって直ちに訴え提起が違法ということはできない。

そこで、提訴者の主張する権利等が事実的・法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそれを知りつつ又は通常人であれば容易に知りえたにもかかわらずあえて、訴えを提起するなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限り、違法となると考える。

これを本件について見るに・・・

3 よって・・・

 

【37】 重複する訴え(1)――債務不存在確認請求と手形訴訟 (阪高判昭和62・7・16)

1 手形金について、手形の振出人及び保証人であるYらが Xに対し債務不存在確認を求める別訴を大阪地裁に提起し、同裁判所に係属中であったという状況で、XがYらに対し手形金の支払を求める訴訟を大阪地裁に提起した。この場合、重複起訴の禁止(民訴法142 条)に抵触しないか。同一請求権について給付訴訟と確認訴訟とが提起された場合の処理が問題となる。

2 これについては、別件の訴えのうち手形金債務不存在確認を求める請求に関する部分と本件の訴えは、いずれも同一当事者間において、本件手形金債権につき、前者が消極的にその不存在の確認を求め、後者が積極的にその存在を前提として手形金及び利息の支払を求めるものであって、両請求にかかる判決の既判力の範囲は同一である。そのため、Xが上記支払を求める請求を別件の訴えに対する反訴の形式をもってすることなく、独立の訴えの提起によってすれば、民訴法142 条の規定が防止しようとしている審理判断の重複による不経済、既判力抵触の可能性及び被告の応訴の煩という弊害が生じ、同一の事件に当たるといわなければならない。

しかし、手形訴訟は厳格な証拠制限が存する点において通常訴訟とは異なる手続であるところ、手形金債務不存在確認訴訟において手形金支払請求の反訴を提起するには、「同種の手続」(136条)にあたらないため、手形訴訟によることは許されず、通常訴訟の方式によらざるを得ない。これでは、簡易迅速な債務名義の取得及び強制執行による満足を図り、もって手形の経済的効用を維持するという手形訴訟の目的が害されることになる。また、手形債務者において先制的に手形金債務不存在確認訴訟を提起することで手形訴訟の提起を妨げることが可能となってしまう。

3 そこで、手形金債務不存在確認訴訟係属中に手形金請求訴訟を別訴提起することは、例外的に142条に反しないと考えるべきである。

 

【38】 重複する訴え(2)――相殺の抗弁 (①最三小判平成3・12・17②平成10・6・30)

Law Practice発展問題6 二重起訴と相殺の抗弁

第1 設問(1)

1 B が別訴で 2000 万円の売買代金債権の支払を求める訴えを提起することは、重複訴訟の禁止(142 条)に触れ、不適法却下すべきではないか。

2 まず、A が B に対する 2000 万円の売買代金債権の支払を求める訴訟において、B は対当額で相殺する旨の予備的抗弁を主張しているところ、このような相殺の予備的抗弁の主張は、単なる攻撃防御方法にすぎないため、「裁判所に係属する事件」にはあたらない。したがって、B が別訴で 2000 万円の売買代金債権の支払を求める訴えを提起することは、重複訴訟の禁止に触れないのが原則である。

もっとも、重複訴訟の禁止の制度趣旨は、二重に訴訟追行を強いられる相手方(被告)の応訴の煩という弊害を防止し、審判の重複による訴訟不経済、判決内容の矛盾抵触のおそれを回避することにあるところ、相殺の抗弁は、「相殺をもって対抗した額について既判力を有する」(114 条 2 項)とされるため、この場合別訴を認めると重複審理となり、判決内容の矛盾抵触のおそれも生じる。

そこで、142 条を類推適用することで、後訴を不適法却下すべきではないかが問題となる。ここに、抗弁先行型とは、ある訴訟(先行訴訟)で相殺の抗弁に供していた債権を、訴求債権(訴訟物)として別訴を提起する場合をいう。この場合、別訴を提起したのは前訴被告であるところ、相殺の担保的機能を維持したいのであれば、前訴の相殺の抗弁を維持すれば足り、わざわざ別訴を提起する必要はない。また、早く債務名義を得て執行したいというのであれば、相殺の抗弁の撤回は、単なる攻撃防御方法の撤回であって、相手方の同意を必要としない(261 条 2 項本文参照)のであるから、前訴での抗弁を撤回して後訴に集中すればよい。そこで、抗弁先行型の場合には、審理の重複による訴訟不経済ないし判決内容の矛盾抵触の可能性を重視して、重複訴訟禁止規定の類推適用を認め、後訴の提起は許されないものと解する。

本件についてみると、B は前訴で相殺の抗弁に供していた債権を、訴求債権として別訴を提起しており、抗弁先行型の事例である。

3 したがって、裁判所は、B が別訴で 2000 万円の売買代金債権の支払を求める訴えの提起について 142 条を類推適用し、不適法却下すべきである。なお、この場合、B としては、相殺の抗弁が判断されることを解除条件とする予備的反訴(146条 1 項本文)として売買代金請求をすることはできるものと解する。

第2 設問(2)

1 A が別訴において、2000 万円の売買代金債権により、対当額で相殺する旨の主張は、重複訴訟の禁止(142 条)に触れ、不適法な主張ではないか。

2 相殺の抗弁の主張は、単なる攻撃防御方法の主張にすぎないため、「更に訴えを提起する」にはあたらない。したがって、A が別訴において相殺の抗弁を主張することは、重複訴訟の禁止に触れないのが原則である。

もっとも、重複訴訟の禁止の制度趣旨は、二重に訴訟追行を強いられる相手方(被告)の応訴の煩という弊害を防止し、審判の重複による訴訟不経済、判決内容の矛盾抵触のおそれを回避することにあるところ、相殺の抗弁は、「相殺をもって対抗した額について既判力を有する」 (114 条 2 項)とされるため、この場合、相殺の抗弁の主張を認めると重複審理となり、判決内容の矛盾抵触のおそれも生じる。そこで、142 条を類推適用することで、後訴における相殺の抗弁の主張を不適法とすべきではないかが問題となる。

ここに、訴え先行型(抗弁後行型)とは、ある訴訟で訴求している債権を、別の訴訟で相殺の抗弁における反対債権(自働債権)に供する場合をいう。この点について、確かに、審理が重複して訴訟上の不経済が生じる可能性があり、相殺をもって対抗した額の不存在に既判力が生じ(114 条 2 項)自働債権の存否につき矛盾抵触する判決が生じて法的安定性を害する可能性があるため、重複訴訟禁止の規定を類推適用し、相殺の抗弁の主張は不適法であると考えることもできそうである。しかし、先行訴訟と後行訴訟との間で、同一債権の重複審理の危険が生じたのは、前訴被告が別訴を提起したことに起因する。すなわち、前訴被告としては、前訴において反訴(146 条 1 項本文)を提起するという方法があるにもかかわらず、あえて別訴を提起している。この点について、仮に重複訴訟禁止規定の類推適用により、相殺の抗弁の主張が不適法であるとすると、前訴原告が後訴で相殺の担保的機能への期待を貫徹したいと考えるときに、そのような期待が害されることになり妥当でない。なぜなら、この場合、相殺の抗弁を提出するためには、前訴を取り下げなければならないところ、前訴の取下げには被告の同意が必要(261 条 2 項本文)となり、同意が得られないと相殺を主張することができず、あえて別訴を提起するような前訴被告から同意を得ることは極めて難しいと考えられるからである。そこで、訴え先行型(抗弁後行型)の場合には、前訴原告の相殺の担保的機能への期待を重視すべきであり、それゆえ、重複訴訟禁止規定の類推適用はなく、後訴における相殺の抗弁の主張は許されるものと解する。

本件についてみると、A は前訴で訴求している債権を、別の訴訟で相殺の抗弁における反対債権に供しており、訴え先行型(抗弁後行型)の事例である。

3 したがって、重複訴訟禁止規定の類推適用はなく、裁判所は、A の相殺の抗弁を適法とすべきである。

 

【39】 郵便に付する送達 (最一小判平成10・9・10)

1 原告からの誤った回答に基づき、訴状等の送達が付郵便送達の方法により実施され、被告が現実に訴訟に関与する機会のないまま判決がなされて確定した場合に、付郵便送達は適法といえるか。

2 受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量に委ねられている。そこで、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りると解する。

3 認定資料の収集につき、裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、上記付郵便送達は適法である。

Law Practice発展問題8 郵便に付する送達

第1 後訴Ⅰについて

1 本件では、Y の担当者が書記官 P の照会について具体的な調査をしないまま X の就業場所は不明であるなどの回答を行ったことで、書記官 P は付郵便送達(107 条 1 項 1 号)を実施し、X 欠席のまま擬制自白に基づく全部認容判決が言い渡され、確定している(前訴)。

 そこで、X は、Y が誤った回答をしたことに故意または重過失があるとして、Y に対して、①敗訴判決による損害の賠償および、②前訴に関与する機会を奪われたことによる精神的損害の賠償を求めることはできるか。

再審(338 条 1 項 3 号類推)によることなく、このような後訴を提起することは、前訴の既判力   (114 条 1 項)に抵触し許されないのではないかが問題となる。

2 ここに、既判力とは、確定判決の判断に与えられる通有性ないし拘束力をいう。当事者間に確定判決が存在する場合に、その判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求をすることは、確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるため、許されないのが原則である。もっとも、故意に訴訟関与を妨げたり、裁判所を欺罔する等して確定判決を取得する場合のように、当事者の一方の行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合には、例外的に、再審を経ることなく、判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として、損害賠償請求をすることができるものと解する。他方で、慰謝料請求については、手続に関与する法的利益が害されたことを理由とするものであり、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求にはあたらないため、認められるものと解する。

3(1) ①敗訴判決による損害の賠償について

本件についてみると、確かに、Y の担当者は、P の照会について具体的な調査をしないまま、Xの就業場所は不明であると回答している。すなわち、Y の担当者は、P からの照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤って回答した点において、誠実な調査義務を怠っているものといえ、過失が認められる。しかし、本件の事実関係からは、Y の担当者には、X が訴訟に関与することを故意に妨げようとする意図や P を欺罔する意図までは認められない。そうすると、本件では、当事者の一方の行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情はないというべきである。したがって、X は、Y が誤った回答をしたことに故意または重過失があるとして、Y に対して、敗訴判決による損害賠償の請求を行うことはできない。

(2) ②前訴に関与する機会を奪われたことによる精神的損害の賠償について

他方で、前訴に関与する機会を奪われたことによる精神的損害の賠償請求については、手続に関与する法的利益が害されたことを理由とするものであり、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求ではないため、認められる。

4 よって、裁判所は、②の請求については、認容判決を行うべきである。

第2 後訴Ⅱについて

1 それでは、X は Z に対して、国家賠償法 1 条 1 項に基づく損害賠償請求を行うことはできるか。書記官 P の付郵便送達が「違法」といえるかが問題となる。

2 そもそも、受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量に委ねられており、担当裁判所書記官は、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否について判断すれば足りる。

したがって、受送達者の就業場所の存在が事後に判明した場合に、当該付郵便送達が「違法」であるかどうかは、①書記官の認定資料収集が合理性のあるものであったかどうか、また、②これに基づく付郵便送達の判断が合理的なものであったかどうかという観点から判断し、合理性が認められない場合には、裁量権を逸脱するものとして「違法」となるものと解する。

3(1) 本件についてみると、①書記官 P は、訴状記載の X の住所に訴状の送達を試みたが X 不在で奏功しなかったことから、Y に対して X が上記住所に居住しているかおよび就業場所について、調査し回答するよう求めている。この点について、Y の担当者は、X が出張中であるとしながら、就業場所を不明とする矛盾した回答をしている。そうすると、P としてはこのような不可解な回答に疑問を抱き、Y の調査先の確認を行い、Y の回答書の信憑性及び X の就業場所について具体的に精査すべきであったといえる。それにもかかわらず、このような調査・収集を行っていない本件では、P の認定資料収集に合理性は認められない。

(2) また、②仮に Y の回答書をそのまま基礎とするにしても、X が出張中で帰る日程が明らかであること、及び、X の家族が住所地に居住していることから、夜間等の補充送達(106 条1項前段、2 項)を試みる、または、X の帰る日程に合せて住所での交付送達(101 条、103 条 1 項本文)を試みるといった送達方法を採るべきであった。したがって、P の付郵便送達の判断の合理性も認められない。

(3) そうすると、本件では、書記官 P が付郵便送達を行ったことは、裁量権を逸脱するものとして「違法」となるというべきである。以上より、国家賠償法 1 条 1 項の他の要件も満たす本件では、裁判所は、X の請求を認容すべきである。

 

【40】 補充送達の効力 (最三小決平成19・3・20)

Law Practice発展問題 24 補充送達と再審

1 X は、自分の意思で A の連帯保証をしたことはなく、A が X に無断でしたことであると主張して、前訴判決の確定から 2 年後に、再審の訴え(338 条 1 項本文)を提起することはできるか。

2 まず、再審の訴えの可否を検討する前提として、補充送達(106 条 1 項)の効力について検討する。本件では、連帯保証人である X の受け取るべき訴状等は、全て同居する主債務者である A が受領しているところ、このような事実上の利害関係がある者が受け取る補充送達(106 条 1 項)も有効な送達として認められるかが問題となる。

106 条 1 項は、就業場所以外の送達をすべき場所において送達を受けるべき者に出会わないときは、使用人その他の従業者又は同居者であって、書類の受領について相当のわきまえのある者に書類を交付すれば、受送達者に対する送達の効力が生じるものとしており、その後、書類が同居者等から受送達者に交付されたか否か、同居者等が交付の事実を受送達者に告知したか否かは、問題としていない。また、実際上も、事実上の利害関係の存否によって送達の効力が左右されるとすると、送達実施機関が同居人等につき事実上の利害関係の有無を判断しなければならなくなり、送達制度の実効性を著しく欠くことになり妥当でない。そこで、受領権限があるかどうかは外見から客観的に判断されるべきで、受送達者と同居者等との間に事実上の利害関係があったとしても、「相当のわきまえのある者」に交付すれば、補充送達は有効であると解する。

本件についてみると、X は自らの意思で A の債務について連帯保証をしたことはなく、A が X に無断で X の印章を持ち出して連帯保証契約を締結したという点で、X と A との間には事実上の利害関係の対立がある。もっとも、A は送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することを期待することができる程度の能力について問題なく認められるのであるから、外見上客観的に「相当のわきまえのある者」に対して書類を交付したものとして、補充送達は有効であったというべきである。

3 それでは、このように補充送達が有効である場合にも、X は再審の訴えを提起することはできるか。ここでは、338 条 1 項 3 号の再審事由が認められるかが問題となる。

そこで考えるに、338 条 1 項 3 号は、当事者に手続関与の機会がなかった場合に、再審によって救済を与えることを趣旨とするものであるところ、たとえ補充送達が有効であったとしても、受送達者と同居者にその訴訟につき事実上の利害関係の対立があるために、同居者から受送達者に訴状等を速やかに交付することが期待できず、実際にも交付されなかったときは、受送達者が訴訟手続に関与する機会を与えられなかったといえるため、同条同号の再審事由が認められると解する。

本件についてみると、前記のとおり、X と A には事実上の利害関係の対立があり、X の受け取るべき訴状等は全て同居する A が受領している。そして、実際にも A から X へ訴状等が交付されたという事実は認められないため、X は訴訟手続に関与する機会を与えられなかったといえる。

4 したがって、X は、自分の意思で A の連帯保証をしたことはなく、A が X に無断でしたことであると主張して、前訴判決の確定から 2 年後に、再審の訴え(338 条 1 項本文)を提起することはできる(342 条 3 項)。

 

【41】 口頭弁論の再開 (最一小判昭和56・9・24)

1 裁判所が弁論を再開(民訴法153条)させないまま判決をすることが違法とされることはあるか。

2 いったん終結した弁論を再開するか否かは、裁判所の専権事項に属し、当事者は権利として裁判所に対して弁論の再開を請求することができない。もっとも、裁判所の上記裁量権も絶対無制限のものではない。そこで、弁論を再開して当事者に更に攻撃防禦の方法を提出する機会を与えることが、明らかに民事訴訟における手続的正義の要求するところであると認められるような特段の事由がある場合には、裁判所は弁論を再開すべきものであり、これをしないでそのまま判決をするのは違法となると考える。

3 これを本件について見るに・・・

 

【42】 攻撃防御方法の提出と信義則 (最三小判昭和51・3・23)

  • 訴訟上の信義則は一般条項としての役割が期待されているため、その発現形態は一様ではない。そのため、信義則の適用が問題になりうる当事者の行為態様を信義則の内容に応じて分類した上で、類型ごとに定立された諸要件の充足性によって信義則違反を基礎づける方法が妥当である。まず分類としては、ⅰ訴訟状態の不当形成の排除、ⅱ訴訟上の禁反言(先行行為に矛盾する挙動の禁止)、ⅲ訴訟上の権能の失効、ⅳ訴訟上の権能の濫用禁止、という4つに分けられる。そして、分類ⅱ、すなわち訴訟上の禁反言に抵触するかを判断する要件は、①当事者が訴訟上又は訴訟外で一定の態度をとりながら、後にこれと矛盾する訴訟上の行為をすること(行為矛盾)、②当事者の先行行為を相手方が信頼して自己の法的地位を決めたこと(相手方の信頼)、③矛盾した後行行為を容認したのでは、先行行為を信頼した相手方の利益を不当に害する結果となること(相手方の不利益)となる。

 

 

  •  和解による訴訟の終了と建物買取請求権の帰趨 (東京地判昭和45・10・31)

1 建物買取請求権行使の撤回の実体的効力

建物買取請求権(借地法10条)は実体法上の形成権であるので、その意思表示が相手方に到達すると同時にその形成的効果を生ずるものである。そして、かかる形成権が訴訟上行使されたものの、訴訟手続が訴えの取下げや和解などによって終了し、あるいは民事訴訟法157条によって不適法却下されたため訴訟行為としての意味を失ってしまった場合には、一旦発生したその実体的効力は、初めに遡って消滅すると考える。

2 建物買取請求権行使の撤回の建物賃借人に対する影響

 他方で、上記裁判上の和解をしたことによって、建物賃借人に対する関係においては、建物買取請求権行使の撤回の影響はないと考える。なぜなら、上記和解によって建物賃借人の利益を害することは許されないからである(民法538条類推適用)。

 

【44】 相殺に対する反対相殺 (最一小判決平成10・4・30)

1 被告の訴訟上の相殺の抗弁に対し、原告が訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは許されるか。

2 相殺の抗弁が条件付きの相殺を内容としたものであることから、反対相殺の再抗弁は仮定の上に仮定が積み重ねられて当事者間の法律関係を不安定にし、いたずらに審理の錯雑を招く(審理の錯雑化)。また、原告には訴えの追加的変更や別訴の提起といった代替的な法的手段がある(代替可能性)。さらに、例外規定である114条2項の適用範囲を無制限に拡大することは相当でない。

3 そこで、訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは不適法として許されないと考える。

 

【45】 時期に後れた攻撃防御方法の提出 (最二小判昭和46・4・23)

Law Practice基本問題15 時機に後れた攻撃防御方法

1 本件では、3 回の口頭弁論期日および 6 回の弁論準備手続期日において両当事者は主張・立証を展開し、争点とされた事項について 2 回の証拠調べ期日が終了している。その後、Y は建物買取請求権(借地借家法 13 条)の行使を主張している。

2 そこで、裁判所は、Y の建物買取請求権(借地借家法 13 条)の主張は時機に後れた攻撃防御方法(157 条 1 項)であるとして却下することはできないか。同条の要件を満たすかが問題となる。

(1) 「時機に後れた」

ア ここに、「時機に後れた」とは、より早期の適切な時期に提出できたことを意味し、弁論準備手続などの争点整理手続が行われたときは、その終了後の提出は、特段の事情がない限り、「時機に後れた」ものと判断される。

イ 本件についてみると、Y の建物買取請求権行使の主張は、3 回の口頭弁論期日および 6 回の弁論準備手続期日において主張・立証を展開した後になされており、争点整理が終結し、さらに集中証拠調べが終わった時期のものであるから、より早期の適切な時期に提出できたといわざるをえず、「時機に後れた」にあたる。

ウ したがって、本件では、「時機に後れた」の要件を満たす。

(2) 「故意または重過失」

ア 次に、「故意または重過失」とは、一般通常人に期待される注意義務を欠くような場合をいい、通常人であればそのような攻撃防御方法が存在すること、あるいは、提出すべきであることに少しの注意を払えば気付くはずであるのに、気付かなかったことをいう。

イ 本件についてみると、確かに、Y としては正当事由の存在を争いながら、他方で正当事由の存在を前提とした建物買取請求権を主張することは、自身の弱みを認めることにつながり、期待しがたいとして、「重過失」を否定すべきと考えることもできそうである。しかし、仮定的な主張として、建物買取請求権の行使を主張することは十分期待できるし、仮定的に主張したからといって、訴訟の勝敗が左右するとは通常考えにくい。そうすると、建物買取請求権の行使の主張は、通常人であれば、これを提出すべきであることに少しの注意を払えば気付くはずであるのに、気付かなかったものといえ、一般通常人に期待される注意義務を欠くものとして、「故意または重過失」にあたる。

ウ したがって、本件では、「故意または重過失」の要件も満たす。

(3) 「訴訟の完結の遅延」

ア ここで、「訴訟の完結の遅延」が認められるかどうかは、その攻撃防御方法を却下した場合に想定される訴訟完結時と、その攻撃防御方法の審理を続行した場合に想定される訴訟完結時を比較して判断される。

イ 本件についてみると、既に 3 回の口頭弁論期日および 6 回の弁論準備手続期日において両当事者の主張・立証がなされ、争点とされた事項について2回の証拠調べ期日が終了している。したがって、建物買取請求権行使の主張を却下した場合には、早期の訴訟完結が予想される。

これに対して、建物買取請求権行使の主張を認める場合には、建物買取請求権が成立し、Xの訴えが建物の引渡請求に変更され、Y から建物代金の支払との同時履行の抗弁(民法 533 条本文)が提出されれば、建物の時価の審理が不可欠となる。

そうすると、建物買取請求権行使の主張を認めた場合に想定される訴訟完結時は、これを却下する場合よりも相当先になると考えられる。

ウ したがって、本件では、「訴訟完結の遅延」の要件も満たす。

3 以上より、裁判所は、Y の建物買取請求権行使の主張を、時機に後れる攻撃防御方法の提出として、却下すべきである。なお、このような裁判所の判断に対しては、建物収去判決確定後においても建物買取請求権の行使は既判力(114 条 1 項)によって遮断されず後訴で主張することは許されるのであるから、むしろ本件訴訟で決着をつけるべきであり、157 条 1 項によって却下するのは妥当でないとの批判が考えられる。しかし、基準時後に建物買取請求権を行使し、その効果を主張するためには、請求異議の訴え(民事執行法 35 条 1 項本文)などの後訴を提起しなければならず、適切な時機に建物買取請求権を行使しなかった制裁として、Y に提訴負担を課すべきであるから、本件結論はなお妥当であるというべきである。

 

【46】 当事者からの主張の要否(1)――所有権喪失事由 (最一小判昭和55・2・7)

Law Practice基本問題17  弁論主義(1):所有権取得の経過来歴

1 裁判所は、C が主張していない A から B への死因贈与(民法 554 条)があったという事実を認定した上で、X の請求を棄却することは、弁論主義に反し許されないのではないか。ここでは、弁論主義が適用される事実とはどのような事実をいうのかと関連して問題となる。

2 ここに、弁論主義とは、判決の基礎をなす事実の確定に必要な資料の提出(事実の主張、証拠の申出)を当事者の権能および責任とする建前をいう。そして、弁論主義が適用されるのは、権利の発生・変更・消滅という法規の構成要件に直接該当する事実である主要事実に限られ、経験則、論理法則の助けを借りることによって主要事実を推認するのに役立つ事実である間接事実、及び証拠の評価にかかわる事実である補助事実には適用がないものと解する。なぜなら、当事者の意思の尊重・不意打ち防止のためには、訴訟の勝敗を決する主要事実について弁論主義の適用を認めれば十分であるし、間接事実や補助事実はともに主要事実の存否を推認させるという点で証拠と同様の機能を営むから、当事者の主張の有無による制約を受けるべきではないと解するのが妥当であること、さらに、仮に、間接事実に弁論主義が及ぶものとすれば、裁判所は既に証拠から判明している間接事実を用いることができなくなり、不自然で窮屈な判断を強いられることになり、自由心証主義(247 条)を認めた法の趣旨に反することになるからである。

また、相続による特定財産の取得を主張する者は、①被相続人の財産所有が争われているときは同人が生前その財産の所有権を取得した事実、および、②自己が被相続人の死亡により同人の遺産を相続した事実を主張立証すれば足り、③被相続人の特段の処分行為により当該財産が相続財産の範囲から逸出した事実は、相続人による財産の承継取得を争う者において抗弁として主張立証すべきものと解する。本件についてみると、C は、D から土地を買い受けたのは A ではなくて B であり、その B から C が相続をしたと主張するにとどまっている。このような事実は、被相続人である A が所有権を取得したという主要事実と両立しない積極否認事実にすぎない。これに対して、A が所有権を取得したことを認めつつ、A から B に死因贈与により所有権が移転したことは抗弁(所有権喪失の抗弁)であるから、当事者の主張を要する主要事実となる。

3 したがって、C が A から B への所有権移転の事実を抗弁として主張していない以上、裁判所が証拠調べの結果、このような事実を認めたとしても、これを判決の基礎とすることは弁論主義に反し認められない。よって、裁判所は、C が主張していない A から B への死因贈与があったという事実を認定した上で、 X の請求を棄却することは、弁論主義に反し許されない。

 

【47】 当事者からの主張の要否(2)――代理人による契約締結 (最三小判昭和33・7・8)

1 まず、246条にいう「事項」とは訴訟物のことを指すから、本件において処分権主義違反はない。そこで、代理人による契約締結の事実につき、当事者の主張がなくとも裁判の基礎にすることができるか。弁論主義の第 1テーゼに反しないかが問題となる。

2 斡旋料支払の特約が当事者本人によってなされたか、代理人によってなされたかは、その法律効果に変りはない。

3 したがって、当事者が本人による契約締結を主張している場合に、裁判所が代理人による契約締結の事実認定をしたことは、弁論主義の第 1テーゼに反しないと考える。

 

【48】 当事者からの主張の要否(3)――公序良俗 (最一小判昭和36・4・27)

Law Practice発展問題9 弁論主義(2):一般条項

1 本件で、裁判所が、公序良俗違反(民法 90 条)を理由に XY 間の契約を無効として、X の請求を棄却することは、弁論主義に反し許されないのではないか。

2 そもそも弁論主義とは、判決の基礎をなす事実の確定に必要な事実の主張、証拠 の申出を当事者の権能および責任とする建前をいう。そして、弁論主義が適用されるのは、主要事実に限られるものと解すべきである(。なぜなら、当事者の意思の尊重・不意打ち防止のためには、訴訟の勝敗を決する主要事実について弁論主義の適用を認めれば十分であるし、仮に、間接事実に弁論主義が及ぶものとすれば、裁判所は既に証拠から判明している間接事実を用いることができなくなり、不自然で窮屈な判断を強いられることになり、自由心証主義(247 条)を認めた法の趣旨に反することになるからである。)ところ、公序良俗違反といった規範的要件については、これを基礎付ける具体的事実を主要事実とみて、弁論主義が適用されるものと解すべきである。ただ、この場合、当事者において公序良俗違反の主張をすることまでは要しない。よって、本件でも、当事者が具体的事実を主張していた場合には、当事者が公序良俗違反の主張をしない場合であっても、裁判所が、公序良俗違反を理由に XY 間の契約を無効としても、弁論主義に反するものではない。

3 よって、そのような場合には、裁判所は、公序良俗違反を理由に XY 間の契約を無効として、X の請求を棄却することができる。

 

【49】 当事者からの主張の要否(4)――所有を推認させる事実(大判大正5・12・23)

1 裁判所は、間接事実についても、当事者の主張がなければこれを判決の基礎とすることができないか。

2 そもそも弁論主義とは、判決の基礎をなす事実の確定に必要な事実の主張、証拠 の申出を当事者の権能および責任とする建前をいう。そして、弁論主義が適用されるのは、主要事実に限られるものと解すべきである。なぜなら、当事者の意思の尊重・不意打ち防止のためには、訴訟の勝敗を決する主要事実について弁論主義の適用を認めれば十分であるし、仮に、間接事実に弁論主義が及ぶものとすれば、裁判所は既に証拠から判明している間接事実を用いることができなくなり、不自然で窮屈な判断を強いられることになり、自由心証主義(247 条)を認めた法の趣旨に反することになるからである。

3 よって、裁判所は、当事者の主張がなくともこれを判決の基礎とすることができると考える。

 

【50】 相手方の援用しない自己に不利益な事実の陳述 (最一小判平成9・7・17)

1 当事者の一方が自己に不利益な事実を陳述したが、相手方がこの不利益陳述を援用せず、むしろ争う場合に、裁判所はこの事実陳述をいかに扱うべきか。

2 弁論主義は、訴訟資料の提出に関する裁判所と当事者の役割分担に関する原則である。当事者により事実が提出されれば当事者の責任は尽くされているといえるので、裁判所はいずれの当事者により事実が主張されたかを問わず、その事実を判決の基礎となしうると考える。

3 よって・・・

 

【51】 権利抗弁――留置権(最一小判昭和27・11・27)

1 留置権の抗弁(民法295条)や同時履行の抗弁権(同法533条)、対抗要件の抗弁、検索・催告の抗弁権(同法452条・354条)は、実務では権利抗弁と理解されている。このような抗弁について、抗弁権取得の事実関係が訴訟上主張されたとして、権利者において権利を行使する意思を表明せずに裁判所がこれを掛酌することは許されるか。

2 弁論主義から導かれる主張共通は、裁判所の介入によって真実発見や私法秩序の維持に資する原則である。これに対し、権利抗弁は、抗弁権者のイニシアティブによる選択を優先させる訴訟法の制度といえる。

3 したがって、権利抗弁は、抗弁権取得の事実関係が訴訟上主張されたとしても、権利者において権利を行使する意思を表明しない限り裁判所がこれを掛酌することはできないと考える。

 

【52】 裁判所の釈明権 (最一小判昭和45・6・11)

1 訴えの変更を促す釈明は許容されるか。

2 釈明の制度趣旨は、弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し、訴訟関係を明らかにし、できるだけ事案の真相をきわめることによって、当事者間における紛争の真の解決を図ることである。

 そこで、原告の申立てに対応する請求原因として主張された事実関係とこれに基づく法律構成がそれ自体正当ではあるが、証拠資料によって認定される事実関係との間に喰い違いがあって、その請求を認容することができないと判断される場合であってもその訴訟の経過やすでに明らかになった訴訟資料や証拠資料からみて、別個の法律構成に基づく事実関係が主張されるならば原告の請求を認容することができる。

  また、当事者間における紛争の根本的な解決が期待できるにかかわらず、原告においてそのような主張をせず、かつ、そのような主張をしないことが明らかに原告の誤解又は不注意と認められるようなときは、その釈明の内容が別個の請求原因にわたる結果となる場合でも、訴えの変更を促す釈明は許容されると考える。

 そして、釈明の方法は、発問の形式によって具体的な法律構成を示唆してその真意を確かめることが適当である場合もある。

百選・Law Practice会社法 起案 25~52

  

25 株券の発行  最高裁昭和4011月16日第三小法廷判決

【事実の概要】 Y会社は、発起人であるXに株式発行の準備を完了していた(Xに対して株券の交付はまだしていなかった)。訴外A銀行は、Xに対する公正証書の執行力のある正本に基づいて、X名義の株券を差し押さえた。この株券は競売に付され、Bが競落人となり、名義書換を完了した。XはYに対して、同社の株式 2000 株を有する株主である旨の確認を求めて訴えを提起した。

【まとめ】 215 条にいう「株券の発行」とは、216 条所定の形式を具備した文書を株主に交付することをいい、株主に交付したとき初めて当該文書が株券となるものと解すべきである。したがって、たとえ会社が前記文書を作成したとしても、これを株主に交付しない間は、株券たる効力を有しない。よって、株主に対する適法な交付がなされる以前になされた本件強制執行は、有効な株券に対する強制執行としての効果は有しない。

 

26 株券提出期間経過後の名義書換請求  最高裁昭和603月7日第一小法廷判決

【事実の概要】 Xは訴外BからY会社の株式の譲渡を受け、株券を交付された。昭和 54 年 6 月 28 日Y会社は、株式の譲渡をするには、取締役会の承認を要する旨の定款変更決議を行った。Y会社は、同年8月31日までに株券を会社に提出すべき旨の公告をなした。Xは上記期間内に株券を提出せず、株券提出期間終了後に株主名簿の名義書換を求めたところ、Y会社が拒否したため、Xは名義書換を求める本件訴えを提起した。

【まとめ】 株式譲渡制限の定款変更が行われ、株券提出期間内に株券を提出しなかった株式譲受人による名義書換請求は認められるか、株券を提出しなかった譲受人は、株主としての地位まで失うことになるのかが問題となる。これについて、旧株券は、株券提出期間が経過したのちは株券としては無効となる。しかし、株券提出期間内に旧株券を提出しなかった株主も株主たる地位を失うものではない。このことは、株式譲渡制限の定款変更前に株式を譲り受け、株主の地位を取得していたが、いまだ株主名簿上の名義書換を受けていなかった者についても同様である。旧株券が株券としては無効となった後であっても、会社に対し、旧株券を呈示し、株券提出期間経過前に右旧株券の交付を受けて株式を譲り受けたことを証明して、名義書換を請求することができるものと解するのが相当である。

  • 株券発行会社が株式譲渡制限のための定款変更の株主総会決議をした場合、株券を回収して譲渡制限がある旨を記載した新株権(216条3号)を交付するための手続きが定められている(219 条、220 条)。この手続きをまず理解すること。

 

27  募集事項の公示の欠缺  最高裁平成91月18日第三小法廷判決

【事実の概要】 Y会社はA及びBに新株を発行したところ、この新株発行は、201条3項、4項が定める募集事項の公示の欠缺があった。そこで、Y会社の株主であったXは、新株発行無効の訴えを提起した。

【問題の所在】 新株発行の無効は、新株の引受人や譲受人、会社債権者など多数の利害関係者に影響を及ぼすことになるため、あらゆる瑕疵が新株発行の無効原因となると解するのは妥当でない。したがって、新株発行無効の訴えにおける無効原因は、このような利害関係者の利益を犠牲にしても新株発行を無効とするべき重大な法令・定款違反に限られると解する。新株発行に関する事項の公示(201条3項、4項)は、株主が新株発行差止請求権(210条)を行使する機会を保障し、もって募集株式の発行等が適法かつ公正に行われることを確保することを目的として会社に義務付けられたものである。したがって、新株発に関する事項の公示を欠くことは、重大な法違反といえ、新株発差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解する。本件では、Y社の株主総会を開催するに際して、Aが自己の支配権を確立するためになされたものと認められ、新株を引き受けた者が真実の出資をしたとはいえないという事情があるため(不公正発行)、新株発行差止請求の事由がある。よって、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行無効原因となる。

 

28 募集新株予約権の有利発行  東京地裁平成186月30日

【事実の概要】 本件は、情報通信機器等の販売及びリース等を主要な事業内容とする株式会社であって、東京証券取引所第一部及び大阪証券取引所第一部に上場する債務者の募集新株予約権の発行について、その払込金額が「特に有利な金額」による発行であるのに株主総会の特別決議を経ていないため、会社法240条1項、238条2項及び3項2号並びに309条2項6号の規定に違反しているなどとして、債務者の株主が債権者として、その発行を仮に差し止めることを求めた事案。

【まとめ】 ここに、「特に有利な金額」(会社法238条3項2号)による募集新株予約権の発行とは、公正な払込金額よりも特に低い価額による発行をいう。そして、募集新株予約権の公正な払込金額とは、現在の株価、行使価額、行使期間、金利、株価変動率等の要素をもとにオプション評価理論に基づいて算出された募集新株予約権の発時点における価額(公正なオプション価額)をいうと解されるから、公正なオプション価額と取締役会において決定された払込金額とを比較し、取締役会において決定された払込金額が公正なオプション価額を大きく下回るときは、原則として、「特に有利な金額」にあたるというべきである。 本件では、公正なオプション価額の算定において、二項格子モデルを評価理論にとして採用することはではないとしている。

  • 本決定は、その算定に際して、本件募集新株予約権に取得条項(会社法236条1項7号)が付されていることを考慮して、当該取得条項に従い債務者の取締役会が権利行使期間の初日に取得日を定める決定をすることを前提として、取得条項が付されていない場合に比較して公正なオプション価額を低くするという修正を債務者が加えている点について、以下のように判断。

⇒ ①債務者は、本件募集新株予約権の発行の目的は社債の償還費用としての借入金の返済に充てることにあると主張しており、その主張どおりであるとすると、権利行使期間の初日に債務者の取締役会が取得日を定める決定をしたのでは、このような資金調達の目的を達成することはおよそ不可能であること、②募集新株予約権者にとってみても、取得条項が付されていることからすれば、経済合理性の観点から、債務者の取締役役会が権利行使期間の初日に取得日を決定することが当然に予想され、そうすると、新株予約権者は払込総額に対する金利相当額の損失を受けるのは必至であり、本件募集新株予約権の申込み及び払込みをしないのが合理的であるといえるにもかかわらず、あえて申込み及び払込みをするとの意向を示していることからすると、債務者の取締役会において、権利行使期間の初日に取得日を定める決定をする可能性が高いとはいえないことを理由に、上記のような修正をしたことは、不合理であるというほかなく、このような算定結果に基づいて定められた本件募集新株予約権の払込金額は、公正なオプション価額を大きく下回るものであるということができ、有利発行にあたると一応認めることができると判断し、本件募集新株予約権発行の仮差止めの申立てを認容した。

 

29 違法な新株予約権の行使による株式の発行  最高裁平成244月24日第三小法廷判決

【事実の概要】 本件は、Y社の監査役であるXが、Y社の取締役であったZ1~Z3らによる新株予約権の行使は、行使条件を変更する取締役会決議が無効であるにもかかわらずそれに従ってなされたもので、当初定められた行使条件に反するものであるから、右新株予約権の行使による株式の発行は無効であると主張して、主位的に会社法828条1項2号に基づいて右株式の発行を無効とすることを求め、予備的に右株式の発行は当然に無効であるとしてその確認を求めた事案。

【論点】 ①旧商法(280条の21第1項)に基づく株主総会の委任を受けて定めた新株予約権の行使条件を、新株予約権発行後に変更する取締役会決議の効力。②会社法上、非公開会社において株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法によってされた募集株式発行の効力。③非公開会社が株主割当て以外の方法により発行した新株予約権の行使条件に反した当該新株予約権の行使による株式発行に無効原因がある場合。

⇒①取締役会が旧商法280条の21第1項に基づく株主総会決議による委任を受けて新株予約権の行使条件を定めた場合に、新株予約権の発行後に上記行使条件を変更することができる旨の明示の委任がされているのであれば格別、そのような委任がないときは、当該新株予約権の発行後に上記行使条件を取締役会決議によって変更することは原則として許されず、これを変更する取締役会決議は、上記株主総会決議による委任に基づき定められた新株予約権の行使条件の細目的な変更をするにとどまるものであるときを除き、無効と解するのが相当である。②新株発行の無効は、新株の引受人や譲受人、会社債権者など多数の利害関係者に影響を及ぼすことになるため、あらゆる瑕疵が新株発行の無効原因となると解するのは妥当でない。したがって、新株発行無効の訴えにおける無効原因は、このような利害関係者の利益を犠牲にしても新株発行を無効とするべき重大な法令・定款違反に限られると解する。非公開会社については、募集事項の決定は取締役会の権限とはされず、株主割当て以外の方法により募集株式を発行するためには、取締役に委任した場合を除き、株主総会の特別決議によって募集事項を決定することを要する(会社法199条1項、2項、309条2項5号)。また、株式発行無効の訴えの提訴期間についても、公開会社の場合は6ヶ月であるのに対して、非公開会社の場合は1年とされている(会社法828条1項2号)。このような規定に鑑みると、非公開会社については、その性質上、会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益の保護を重視し、その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救済するというのが会社法の趣旨であるというべきである。したがって、非公開会社において、株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合、その発行手続には、利害関係者の利益を犠牲にしても新株発行を無効とするべき重大な法令違反があるといえる。よって、このような瑕疵は新株発行無効の訴えにおける無効原因となる。③非公開会社が株主割当て以外の方法により発した新株予約権株主総会によって使条件が付された場合に、この使条件が当該新株予約権を発した趣旨に照らして当該新株予約権の重要な内容を構成しているときは、上記使条件に反した新株予約権使による株式の発は、これにより既存株主の持株比がその意思に反して影響を受けることになるという点において、株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合と異ならないため、そのような新株予約権の行使による株式の発行には、無効原因があるというべきである。

 

Law Practice20 新株発行の無効事由

1 X は、公開会社である Y に対して、本件新株発行から「6 ヶ月以内」である平成 29 年 9 月に本件新株発行無効の訴え(829 条 1 項 2 号)を提起している。では、これは認められるか。

2 授権資本制度の下、募集株式の発行等は業務執行に準ずる行為といえるところ、発行がなされた後は、取引安全の要請が強いといえる。そこで、募集株式の発行等の無効原因は、かかる取引安全要請を考慮してもなお容認し得ないような重大な瑕疵ある場合に限るべきであると考える。

(1) ①募集事項の公示がないこと

通知・公告を欠いた募集株式の発行等を取引安全のためにすべて有効としたのでは、差し止めの機会を与えて株主の利益を保護しようとした法の趣旨を全く無視することになってしまう。また、通知公告を要求した趣旨は、株主に差し止めの機会を与える点にあることにも鑑みれば、通知公告を欠いた募集株式の発行は、取引安全要請を考慮してもなお容認しえないような重大な瑕疵があるといえ、原則として無効となるとすべきである。他方で、全く無効としてしまったのでは、取引の安全を著しく害することになる。そこで、会社法210条の差止事由がないことを会社側が立証した場合には、重大な瑕疵がなく、例外的に無効原因とならないと考える。

しかし、本件においては下記の通り法令違反、著しく不公正な発行であるという差止事由があったことから、これは無効原因となる。

(2) ②取締役会の招集手続に瑕疵があること

 本件新株発行を決議した Y 取締役会において取締役 B に対する招集通知(368 条 1 項)がなく、また取締役全員の同意もない(同 2 項)ところ、取締役会決議の招集決議に瑕疵がある。瑕疵のある取締役会決議は法の一般原則に従って無効となり得る。しかし、公開会社の新株発行は、取引の安全を重視し、会社の代表者が定款の授権内で新株発行をしている限り必要な会社の機関の承認を欠くというだけでは重大な瑕疵とはいえず無効事由にはならないと解する。本件において、新株発行は Y の代表者たる代表取締役 A が定款の授権内でなされている。そのため、上記瑕疵は重大な瑕疵とはいえず無効事由とならない。したがって、②は無効事由にならない。

(3) ③不公正発行であること

著しく不公正か否かは主要目的から判断するが、これに当たるかの判断は難しいことから、これを無効原因とすると取引安全を著しく害する。また、株主には、新株発行の事前差し止めという手段が認められているのであるし、公開会社においては株主の持株比率の維持の利益を保護することはそれほど要請されていないことから、著しく不公正な方法により発行された募集株式の発行は、取引安全要請を考慮してもなお容認し得ないような重大な瑕疵があるとはいえず、有効であると解する。したがって、③も無効事由にならない。

(4) ④払込みを欠くこと

会社法制定により、新株発行の登記がなされたにもかかわらず引受けがない株式がある場合には取締役が連帯して当該株式を引受けたとみなす旨の規定(前商法280条の13)が廃止された。そのため、会社法制定後は、払込みを欠く場合に引受人ひいては株主となる者がいなくなるところ、当該新株発行は不存在である。そこで、払込みを欠くことは重大な瑕疵といえ、無効事由になると解する。

したがって、④は無効事由となる。 ※cf 仮装払込(私見)

3 よって、X の上記請求は認められる。

第6 問題21 閉鎖会社における新株発行の無効事由について

1 Xは、本件において、非公開会社である Y に対して本件新株発行から 1 年以内である平成 29年 3 月 1 日に提起した本件新株発行無効の訴え(828 条 1 項 2 号)を提起している。では、認められるか。

2 新株発行の無効事由については明文の定めがないところ、どのような事由が無効事由となるか問題となる。新株発行が事後的に無効とされると会社は払込金額を返還する必要があるほか、発行された株式も無効になるなど法律関係の安定や取引の安全を害するおそれがある。そこで、新株発行に重大な瑕疵がある場合に限って無効事由になると解する。

(2) ①特別決議を欠くこと

会社法上、非公開会社では募集事項の決定は取締役会の権限とはされず株主割当て以外の方法により募集株式を発行するためには、原則として株主総会の特別決議によって募集事項を決定することが必要である。また非公開会社についての株式発行無効の訴えの出訴期間は、公開会社より長い 1 年とされている。これらの点を鑑みれば、非公開会社については性質上、会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益保護を重視し、その意思に反する株式の発行は、株式発行無効の訴えにより救済するのが法の趣旨であると解される。そこで、非公開会社の新株発行において特別決議を欠くという瑕疵は重大な瑕疵といえる。

したがって、①は無効事由となる。

(3) ②不公正発行であること ※不公正発行であることの認定は省略

確かに、著しく不公正か否かは主要目的から判断するが、これに当たるかの判断は難しいことから、これを無効原因とすると取引安全を害してしまいかねない。もっとも、非公開会社である場合には、株式の移転は頻繁には起こり得ないためさほど取引の安全を考慮する必要はない。他方で、株主の持株比率維持の利益の保護が要請されるから、特別決議を欠く著しく不公正な方法による発行は、無効であると考えるべきである。

3 よって、X の上記請求は認められる。

 

31  株主提案の取扱い  東京高裁平成245月31日決定

【事実の概要】 Y1の株主Xが、平成24年6月開催予定のY1定時株主総会(本件株主総会)の招集通知または株主総会参考書類に自己の提案する議題、議案の要領と提案理由を記載するようY1に請求したところ(本件請求)、Y1は、本件請求が株主提案権の濫用にあたるとして、X提案議案の全部を付議しないとする通知を行うとともに、本件請求を拒絶した。

そこで、Xは、本件株主総会の招集通知等に本件提案等を記載することをY1および同取締役兼代表取締役Y2、Y3に命じる仮処分(民保23条2項)の申立てを行ったという事案。

【まとめ】 株主提案権も権利である以上、その濫用は許されない(民法1条3項参照)ことは当然であり、その行使が、主として、当該株主の私怨を晴らし、あるいは特定の個人や会社を困惑させるなど、正当な株主提案権の使とは認められないような目的に出たものである場合には、株主提案権の使が権用として許されない場合があるというべきである。株主提案権は、共益権の一つとして少数株主に認められた権利であるから、株主提案に係る議題、議案の数や提案理由の内容、長さによっては、会社又は株主に著しい損害を与えるような権利行使として権利濫用に該当する場合がある。

 

32  議決権行使の代理人資格の制限  最高裁昭和4311月1日第二小法廷判決

【事実の概要】 Y会社の定款には、「株主は、代理人をもって議決権を行使することを得、ただし、代理人は、当会社の株主に限るものとする」という規定が設けられていた。Y会社の株主総会では、この定款に反する形で議決権行使があったため、株主であるXは総会決議取消し(831 条 1 項 1 号)を求めた。

【まとめ】 310 条 1 項本文の趣旨は、株主総会に出席できない株主の議決権行使の機会を実質的に保障する点にある。議決権の行使は、株主の意思を適切に株主総会に反映させる重要な権利であるから、最大限保障される必要がある。他方で、株主総会が株主以外の第三者によって撹乱されることを防止し、会社の利益を保護する要請もある。そこで、①資格制限の根拠に合理性が認められ、②その制限が相当である限りにおいて代理人資格を定款により制限することは 310 条 1 項前段に反しないと解する。

  • 今日では、有効説といえども画一的な定款規定の適用を押し通すわけではない。総会が撹乱されて会社の利益が害されるおそれがなく、株主の議決権行使の機会が奪われる場合には、定款規定の射程を制限的に解釈し、個別例外的に非株主による議決権の代理行使を認めている。

 

Law Practice23 議決権行使の代理人資格について

1 株主でないBがAの代理人としてした議決権行使は、「決議の方法が…定款に違反」する(831条1項1号)といえ、株主総会決議取消の訴えの取消事由となるのではないか。

(1) 310条1項は、代理人による議決権行使を許容している。そこで、そもそも、代理人資格を株主に限る旨を定めた本件定款規定は、同条に反し無効でないかがまず問題となるが、代理人資格を株主に制限する旨の定款規定の趣旨は、株主総会が株主以外の第三者によって撹乱されることを防止し、もって会社の利益を保護する点にあり、合理的な理由による相当程度の制限であるといえるから、代理人資格を株主に制限する旨の定款規定自体は有効であると解すべきである。

もっとも、代理人による議決権行使は、株主に議決権行使を容易にし、その行使の機会を保障するという観点から重要な権利である。そのため、具体的事情を考慮して、①会社利益が害される危険性が低く、②議決権の代理行使を認めなければ事実上株主の議決権行使の機会が奪われてしまうといえるような場合には、当該定款の効力は及ばないと解する。 ※イメージは合憲限定解釈みたいな感じ。

(2) 本件において、まず代理人資格を株主に制限する旨が定められた本件定款規定は有効である。もっとも、問題となっている議決権を有していたAは法人や地方自治体というわけではない。また、Aが自ら議決権を行使するために株主総会に出席することができないという事情もない。そうすると、Aの議決権の代理行使を認めらければ事実上株主A の議決権行使の機会が奪われてしまうとはいえない(②不充足)。

そのため、本件定款規定の効力はAの議決権行使に及ぶ。

(3) したがって、株主でないBが A の代理人としてした議決権行使は「決議の方法が…定款に違反」するといえ、取消事由となる。

2 もっとも、本件で議決権を行使したBはAの娘であるところ、受付で資格確認を経て、本件総会の会場に入場し議決権を行使している。それゆえ、株主総会を撹乱して会社の利益を害する危険性は低かったものといえる。

さらに当該議決権は1個にすぎないところ、本件総会における議案はすべて圧倒的多数による賛成票により成立している。そして、このような議決権を1個しか有しないBの発言力・影響力によって決定が左右されたという事情もない。そうすると、当該議決権が賛成票・反対票いずれであったかは本件決議の結論に全く影響しなかったものといえるから、「その違反する事実が重大ではなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認められる」(831条2項)。

したがって、裁判所は、X の提起した本件決議取消の訴えを棄却することができる。

3 よって、X の請求は認められない可能性が高い。

 

33  従業員持株制度と株式信託契約の有効性  阪高裁昭和5810月27日決定

【事実の概要】 Yはタクシー業を営む株式会社であり、従業員持株制度を採用している。それによるとYには共済会が設けられており、従業員は株式取得にあたり共済会の理事と議決権を理事が行使すること(但し、配当請求権残余財産分配請求権は委託者に帰属する)を内容とする株式信託契約を締結しなければならないことになっている。Xら26名は、Yの従業員で各自200株の株主であるが、会社法358条による検査役の選任を求めた。これに対して、Yは、Xらは株主権を信託したから検査役選任請求権を行使することはできないと主張し、争った事案。

【まとめ】 議決権付株式の議決権は株主の同意なくしては奪うことのできない固有権であるところ、議決権を共同して行使する目的をもってする株式の信託的譲渡は原則として有効である。もっとも、信託契約の意図により、会社法310条2項の脱法となる場合、あるいは、株式会社法の精神または公序良俗に反する場合は、例外的に無効となると解する。本件についてみると、Yの従業員は、従業員持株制度によって株式を取得することができるものの、株式信託契約を締結しない者は株式を取得することはできないため、株式を取得するには株式信託契約を強制されることになり、株主として契約を締結するかどうかを選択する自由はない。また、信託期間は株主たる地位を喪失する時までというのであるから、契約の解除も認められていない。したがって、Yの株主は、信託契約の受託者による議決権の行使はあっても、自己が株主として議決権の行使をする術はないことになる。そして、株式信託制度がY関与のもとに創設されたことは記録上明らかであり、右信託契約は、株主の議決権を含む共益権の自由な行使を阻止するためのものといえるので、委託者の利益保護に著しく欠け、会社法の精神に照らして無効というべきである。

株式配当請求権、残余財産分配請求権は委託者に帰属するとされ、信託の対象から除外されているが、共益権のみの信託は許されないものと解されるから、その点でも、右信託契約は無効である。

 

34  書面による議決権行使と委任状勧誘  東京地裁平成1912月6日判決

1 Xの、①株主側の委任状勧誘による議決権を株主提案の決議の際の母数に含めたのに対し、会社提案の決議の際の母数に含めなかったことは、決議方法の法令(309条1項)違反に当たり、本件株主総会は取り消されるべきではないか(831条1項1号)。

2 本件では、会社は株主総会において①のような集計方法をしている。これは、会社提案議案については賛否記載欄がなかったこと(勧誘内閣府令43条違反)、参考書類の提供がなされなかったこと(勧誘内閣府令1条1項2号イ,21条1項,2項,23条1項,2項違反)を理由に、会社提案の賛否についてはその委任の効力が及んでいないと会社が判断したことに基づく。

そこで、会社提案の賛否について、その委任の効力が及んでいるかが問題となる。

(1) 委任状勧誘規制の趣旨は、勧誘に応じるべきか否かの判断材料を株主に提供しその株主が熟考のうえ勧誘をした者に対し委任をすることにより、その意思が実際に決議に反映され、決議を実質的なものとすることにもある。そうであるとすれば、上記のような場合でも、その合理的に推認される意思に合致する限り、委任は有効と言うべきであるそして、委任状府令の規定は議決権の代理行使の勧誘を行う者が勧誘に際して守るべき方式を定めた規定というほかなく、議決権の代理行使の勧誘は株主総会の決議の前段階の事実であって、株主総会決議の「方法」ということはできない

(2) 本件においては、XらとY社経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じていることからXらがその提案にかかる取締役及び監査役候補者の選任に関する議案を提出し、株主に対して議決権の代理行使の勧誘を行ってきた場合に、Y社からもいずれその提案にかかる候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことが株主にとって顕著であったといえる。また、Y社の定款に定められた取締役及び監査役の員数の関係から、本件株主提案に賛成し、Xに議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案にかかる候補者については賛成の議決権行使をする余地がなかったことからすると、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主は、Y社から提案が予想される議案に反対する趣旨で代理権授与を行ったと解される。

 また、株主が自らの提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をするためには常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状を作成しなければならないと解することは、(その情報量の差、会社が招集通知とともに議案提案をするのは株主総会の2週間前でよく、それまでは株主は会社が具体的にどのような提案をするのかさえわからないことを考慮すると、)株主に対する議決権代理行使の勧誘について会社と株主の衡平を著しく害する結果となると言わざるを得ない。

そうであるとすれば、本件委任状の交付を以て、本件会社提案についての株主からXに対する議決権行使の代理権の授与を認めたとしても、議決権代理行使勧誘規制の趣旨に必ずしも反するものではないということができる。

よって、本件委任状が本件会社提案について賛否を記載する欄を欠くことは、本件会社提案にかかる候補者についてのXに対する議決権行使の代理権授与の有効性を左右しないと解するのが相当である。

(3) そうだとすれば、本件会社提案に係る議案の採決に際しては、本件委任状にかかる議決権数は出席議決権に参入し、かつ、本件会社提案に対し反対の議決権行使があったものと取り扱うべきであり、本件各決議はその方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有すると言わざるを得ない。

(4) ただし、Y・Q以外の6名の取締役及び3名の監査役の選任議案については,かかる取扱いによった場合でも,出席議決権数の過半数の賛成を得たという結果には変更がないことが認められ,本件集計方法によったことは,議決権行使の集計における評価の方法を誤ったのみであって違反する事実が重大とまではいえないし,決議に影響を及ぼさないものであると認められるから,会社法831条2項により,K,L,M,N,O,Pを取締役に選任する旨の決議並びにH,R及びSを監査役に選任する旨の決議の取消しの請求は,棄却されうる。なお,本件においては各議題につき候補者の数だけ議案が存在するのであるから,決議としては候補者ごとに別個のものと解さざるを得ず,このような別個の判断は妥当である。

2 では、②「会社提案のご賛同の上」議決権行使をすることを強く推奨した上で、議決権を行使した者に対してQUOカードを贈呈したことは、会社法の禁止する利益供与(120条)に当たり、決議方法に法令違反があったとして、取り消しの対象とはならないか。

(1) 利益供与は会社法上厳しく制限されている(120条、970条)以上、原則として全て禁止されるべきである。尤も、慣行上の必要性から、形式的には利益供与にあたっても例外的に違法とならない場合を認めざるを得ない。特に上場企業の株主総会においては株主の合理的無関心の結果として定足数が満たせなくなることを塞ぐために出席時のお土産屋議決権行使に対する謝礼として少額の金品を会社が株主に贈呈することがしばしばある。

(2) そこで、議決権行使の促進という目的の合理性から社会通念上相当な範囲であれば許容されうると解する。具体的には、①株主の権利の行使に影響を及ぼす恐れのない正当な目的に基づき供与される場合で、かつ、②供与額が社会通念上許容される範囲のものであり、③供与総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼさないものであるときには許容される余地があると解する。

 本件においては、確かに議決権行使の内容方法を問わずに贈呈されることとなっており、株主間の機会均等等が確保されていたとも思えるが、ア.Y社が株主に送付したはがきにおいてQUOカードの贈呈と会社提案への賛同要請の相互の関連を印象づける記載がされていること、イ.前年の定時株主総会においてはこのような措置がなされていなかったこと、ウ.利益供与があって初めて議決権を行使するような株主は会社が発送した議決権行使書面を白紙で返送する可能性が高く、そうである以上、その結果会社提案に賛成、株主提案に反対として取り扱われる可能性が高かったこと、エ.そして現にQUOカードの贈呈が株主による議決権行使に影響を及ぼしたと評価できることを考慮すると、本件贈呈は会社提案へ賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであることが推認される。そうであるとすれば、(1)であげた①の要件を満たさず、本件贈呈は、120条1項の禁止する利益供与に当たるとするのが相当である。

(3) よって、本件QUOカードの贈呈は120条1項に反し、議決権行使を条件としてQUOカードを贈呈するということは決議の方法というほかないから、取消事由に該当する。

(4) また、株主の権利行使に関する利益供与禁止違反の事実は重大であって、本件贈呈が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われることは上記のとおりであるから,裁量棄却の余地もない。

 

Law Practice26 委任状勧誘

1 Y 社の株主である X は、①Y 社による委任状勧誘が委任状府令の定める手続に従っていないこと、②X が勧誘した委任状について出席議決数として算入するか否かの取り扱いを本件会社提案と本件株主提案とで別異に取り扱ったことが決議方法の法令違反であると主張し、本件決議取消しの訴えを提起する(831 条 1 項 1 号)。

2 (1) ①委任状勧誘の委任状府令違反

委任状勧誘行為は株主総会決議の前段階の事実行為にすぎず、勧誘によって株主総会において議決権行使が強制させるものではない。そこで、委任状勧誘について委任状府令違反があったとしても、それは決議方法の法令違反とはいえないと解する。

本件において、たしかに Y 社による委任状勧誘は委任状府令違反であるが、これは決議方法の法令違反ではない。

したがって、①は取消事由にならない。

(2) ②出席議決数として算入するか否かの取り扱い

ア 委任状には会社提案の賛否欄がないことで会社提案についての議決権行使の代理権授与が無効となるか。X が勧誘した委任状(以下「本件委任状」)について出席議決数として算入するか否かの取り扱いを本件会社提案と本件株主提案とで別異に取り扱っている。そこで、X による委任状勧誘に基づく委任状には会社提案の賛否欄がないから、本件委任状は委任状府令43 条に反し無効であって、本件委任状による会社提案についての議決権行使の代理権授与も無効となるのではないかが問題となる。

株主が自らの提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理権行使の勧誘をするためには、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状を作成する必要があると解することは、後述のとおり会社提案を知るより前に議題提案権を行使する必要がある株主と会社と公平を著しく害する。そこで、委任状勧誘に基づく委任状には会社提案の賛否欄がないという点をもって、委任状による会社提案についての議決権行使の代理権授与も無効となるとはいえないと解する。

したがって、本件委任状に本件会社提案の賛否欄がないことで本件会社提案についての議決権行使の代理権授与が無効になるとはいえず、Y の上記主張は認められない。

イ X と Y 経営陣との間で経営権をめぐる争いがあり、本件株主提案と本件会社提案が完全に対立する内容となっている本件においては、本件株主提案に賛成し本件委任状を X に提出した株主は、本件委任状によっては本件会社提案に賛成しない趣旨で、X に議決権行使の代理権授与を行ったと合理的に推認できる。

また本件会社提案は本件総会の 2 週間前に明らかにされるところ(299 条 1 項参照)、8 週間前までに会社に議題提出権を行使する必要がある(303 条 2 項)。X が本件委任状の賛否欄を設けてその勧誘を行うことは事実上困難である。したがって、理由なく上記のように別方法で集計した点②は決議方法の法令違反といえる。

ウ そして上記違法は、「違反する事実が重大でなく」(830 条 2 項)とはいえないため、裁判所は裁量棄却することはできない。

3 よって、X の上記請求は認められる。

 

35  取締役の説明義務と一括回答  東京高裁昭和612月19日判決

【事実の概要】 本判決は、会社法314条にいう取締役等の説明義務が尽くされていないなどとして、株主総会の決議取消しを求めた事案。Xは、取締役は、株主からあらかじめ提出されていた質問状に対して、質問者を明らかにしないで一括回答をしたが、このような説明は、会社法314条にいう説明に該当しない等主張した。

【まとめ】 会社法314条は、「株主から特定の事項について説明を求められた場合」と規定しているため、取締役等の具体的な説明義務は、総会において説明を求められて始めて生ずるものというべきである。会社法314条の趣旨は、議題に関する質疑応答の機会を保障することにある。そこで、取締役等の説明義務の範囲は、株主が株主総会の目的である事項を合理的に判断をするために客観的に必要と認められる事項に及ぶと解する。そして、その程度は、一見資料等を参考として、平均的な株主が議決権行使の前提として、当該事項を判断することができる状態に達するものであるかどうかによるべきと解する。

⇒ 一括回答であったとしても、上記説明義務の範囲、程度を満たす場合には、説明義務を尽くすものとして、違法ではない。

Law Practice24 取締役等の説明義務

1  Y 社株主 X は、本件決議の取消訴訟(831 条 1 項)を提起することが考えられる。

そして、その中で、本件総会において Y 代表取締役 D は X の質問に対して説明義務(314 条本文)を負うにもかかわらず、これを怠ったと主張し、よって、「決議の方法が法令…に違反」する(831 条 1 項 1 号)取消事由に該当すると主張する。

2 (1)  説明義務の成否

取締役等が、株主総会において株主から特定の事項について説明を求められたときは当該事項について必要な説明をする義務を負う(314 条本文)。もっとも、同条ただし書に該当する場合には説明義務はない。

本件において、株主 X が代表取締役 D に対し、退職慰労金額を明らかにするよう質問している。そして、同質問に対する説明が退職する取締役 A らの権利を侵害する(314 条ただし書、規 71 条 2 号)とはいえないから、この例外事由には該当しない。また他の例外事由にも該当しない。

したがって、D は説明義務を負う。

(2) 説明義務違反

そもそも、退職慰労金は在任中の職務執行に対価であるところ、361 条 1 項の「報酬」に当たり株主総会の決議が必要であるところ、その趣旨は、いわゆるお手盛りの弊害を防止し、会社および株主の利益を守る点にあるため、株主総会退職慰労金額等の決定を無条件に取締役会に一任することは、法の趣旨に反して許されず、株主総会でその金額または最高限度額を決定するか、明示的または黙示的にその支給に関する基準を示したうえでそれに従った具体的な金額等を取締役会に決定させる必要がある。

本件においては、その株主総会において、X は、退職慰労金議案の審議に際してその額を明らかにするよう質問しているのである。そして、取締役等による説明は、平均的な株主が議題について合理的な理解および判断をするために客観的に必要と認められる程度に行う必要があると解すべきところ、上記趣旨からは、①上記基準の存在、②それが株主に公開されており周知のものであること、③その内容が支給額を一義的に算出できることを説明して、はじめて平均的な株主が議題について合理的な理解および判断をするために客観的に必要と認められる説明が行われたというべきである。しかし、本件において、D は、②支給基準が株主に公開されていること、③その内容が支給額を一義的に算出できることを説明していない。そのため、平均的な株主が議題について合理的な理解および判断をするために客観的に必要と認められる説明はない。

したがって、説明義務違反があり、上記取消事由が認められる。

(3) 裁量棄却

そして、株主の利益を守るという法の趣旨に鑑みると、上記法令違反は「その違反する事実が重大でな」い(831 条 2 項)とはいえないため、裁量棄却をすることはできない。

(4) 結論

よって、X の上記請求は認められる。

 

36  他の株主に対する招集手続の瑕疵と決議取消しの訴え  最高裁昭和 42 9 月 28 日第一小法廷判決

【事実の概要】 Y会社の株主であるXから株式を譲り受けたAは、Y会社に対し名義書換請求を行った。しかし、Y 会社は正当な理由がないのにAからの名義書換請求に応じなかった。その後、Y会社では臨時株主総会と定時株主総会が開催されたが、Aは招集通知を受けなかった。そこで、Xは、Y会社に対して、招集手続きに法令違反があるとして、株主総会決議取消しの訴え(831 条 1 項 1 号)を提起した。

【まとめ】 他の株主に対して招集手続の瑕疵があった場合、自己の利益が害されたわけではない株主が株主総会取消しの訴えを提訴できるか。831条1項1号は、提訴できる者を「株主等」と規定するのみで、何ら限定を加えていない。また、そもそも、株主総会決議取消しの訴えは、瑕疵のために公正な決議の成が妨げられたという意味で、抗議を認める制であるから、決議の公正について害関係を有する他の株主にも原告適格を認めることが制趣旨に沿う。そこで、株主は自己に対する株主総会招集手続に瑕疵がなくとも、他の株主に対する招集手続に瑕疵のある場合には、決議取消の訴えを提起することができると解する。

 

37  決議取消しの訴えと取消事由の追加  最高裁昭和 51 12 月 24 日第二小法廷判決

【事実の概要】 Y会社は、昭和 43 年 5 月 24 日に株主総会を開催した。同社の株主であったXは、本件株主総会は決議方法に法令・定款違反があるとして、総会決議取消しの訴えを提起した。Xは、昭和 43 年 12 月になって、主張を追加した。

【まとめ】 そもそも、総会決議取消訴訟の提訴期間を 3 ヶ月という短期に限った趣旨は、会社の業務は当該決議が有効であることを前提に、それを基礎に執行されることから、瑕疵ある決議の効力を早期に確定させることにある。そうであれば、所定の期間経過後に新たな取消事由を追加主張することは 831 条 1 項の期間制限の趣旨に反し、許されないと解する。なお、無効原因として主張された瑕疵が決議取消事由に該当するものであり、しかも決議の取消しの訴えの原告適格・出訴期間の要件が満たされていたときは、たとえ決議の取消しの主張が出訴期間経過後になされても、決議無効確認訴訟の提起時から決議の取消の訴えが提起されていたものとして扱われる(訴えの変更、民訴 143 条、江頭)。

 

Law Practice27 株主総会決議取消しの訴え

1 (1)について

(1) Y 社株主 X としては、他の株主(C・D)に本件総会に係る招集通知が発せられていないところ、299 条 1 項に反するという招集手続の法令違反(831 条 1 項 1号)を主張して、本件決議の取消の訴えを提起することが考えられる。

(2) 条文上、株主総会決議取消しの訴えを提起できる者は「株主」と規定されるのみで何ら限定はない。また株主は株主総会の手続が全体として適正に行われていることについて正当な利益を有している。そこで、他の株主に関する手続の瑕疵を理由に株主総会決議取消しの訴えを提起する場合に株主には原告適格が認められると解する。

したがって、株主 X は上記訴えについて原告適格が認められるものと解する。

(3) よって、Xは、上記招集通知を欠くという瑕疵を、取消事由として、主張することができ、かつ、この請求は認められる。上記瑕疵は「違反する事実が重大」であるから裁判所は、裁量棄却することはできないためである(831 条 2 項)。

2 (2)について

(1) 本件決議は平成 24 年 3 月 15 日にされているところ、X が新しい取消事由に関する主張を追加しようとしている時点は、本件決議の日から「3 ヶ月」を経過した同年 7 月 31 日である。X による取消事由の追加主張は可能か。

(2) 取消事由の主張は攻撃防御方法の提出であるところ、出訴期間内に取消しの訴えが提起されていれば自由に新たな取消自由を主張することは許されるとも思える。しかし、法が株主総会決議取消しの訴えの出訴期間を 3 ヶ月と定めた趣旨は、決議の効力を早期に確定させ法的安定性を図る点にある。そうえあるとすれば、仮に新たな取消事由の主張を許せば、論点が拡大し法的安定性が損なわれるところ、法の趣旨に反するから、出訴期間後に取消事由を追加することはできないと解すべきである。

(3) そうすると、本件では、上記のように出訴期間後に X が取消事由を追加しようとしている以上、X は新たな取消事由(招集期間不足に関する瑕疵)を追加主張することはできないものというべきである。

3 (3)について

(1) 平成 24 年 8 月時点では、本件決議がされた日からすでに「3 ヶ月」経過するところ、出訴期間を過ぎている。そのため、X は本件決議取消しの訴えを提起することはできない。そこで、X としては、本件決議不存在確認の訴え(829 条 1 号)を提起して、その効力を争うことが考えられる。

(2) 不存在事由については明文の規定を欠くところ、解釈が必要である。不存在事由は、①決議が物理的に存在しない場合、②物理的には決議は存在するが、その手続の瑕疵が激しいため法律上決議が存在したとは評価できない場合に認められると解される。

本件において、発行済株式総数 100 株の Y 社株式を 20 株保有する C と 10株保有する D に対する招集通知がされていなかった。しかし、他の株主 7 名には実際に招集通知がされているところ、合計 30 パーセントの株式を保有する 2 人に対する招集通知漏れはごく一部の株主に招集通知を欠いたと評価できるにとどまる。そのため、②物理的には決議は存在するが、その手続の瑕疵が激しいため法律上決議が存在したとは評価できないとはいえない。したがって、不存在事由は認められない。

(3) よって、X は上記訴えにより本件決議の効力を争うことはできない。

 

38  役員選任決議取消しの訴え  -役員が退任した場合と訴えの 最高裁昭和 45 4 月 2 日第一小法廷判決

【事実の概要】 Xは、Y会社の株主であり、創立以来の取締役でもあった。昭和 40 年 5 月 28 日の定時株主総会において、Xは取締役に再任されず、A他 6 名の取締役とB他 1 名の監査役を選任する決議がなされた。Xは本件株主総会の決議取消しを求めて訴えを提起した。なお、本件決議で選任された役員はすべて、Yの定款が定める任期満了により終任しており、昭和42 年 5 月 21 日開催の定時株主総会において本件決議で選任されたのと同一の者が役員に選任されている。

【まとめ】 株主総会決議取消しの訴えは形成の訴えであり、形成の訴えは、その必要に応じて実体法上明文で規定されている場合に限って認められるものである以上、法定の要件を満たせば訴えの利益が認められるのが原則である。もっとも、訴訟制度の利用は具体的な紛争解決の効果が期待される場合でなければならず、決議を取り消す具体的な実益がなくなれば、訴えの利益はなくなるものと解する。役員選任の総会決議取消しの訴え係属中、その決議に基づいて選任された取締役ら役員すべて任期満了によって退任し、その後の株主総会の決議によって取締役ら役員が新たに選任され、その結果、取消を求める選任決議に基づく取締役ら役員が現存しなくなったときは、決議を取り消す具体的な実益がなくなったといえるので、特別の事情のない限り、決議取消の訴えは、訴えの利益がなくなるものと解する。 

  • 報酬請求権は不当利得返還請求権に転化するため問題はない。
  • 特別の事情については、会社の利益のためにすることを、原告側で主張することを要する。係属中に当該役員が適法になされた場合退任した場合はもとより、総会決議取消訴訟の係属中に同一内容の再決議等にも適用されている。

 

39  計算書類承認決議取消しの訴え -翌期以後の計算書類が承認された場合と訴えの  最高裁昭和 58 6 月 7 日第三小法廷判決―

【事実の概要】 Y会社は昭和 45 年 11 月 28 日に第 42 回定時株主総会を開催した。本件株主総会では、約300名もの株主が入場制限を受けて会場に入ることができず、株主からの修正動議も無視し議事を進行したという瑕疵があった。そこで、Y社の株主であるXらは、本件株主総会決議取消の訴えを提起した。Y会社は上告理由として、第 42 期の決算議案の決議を取り消しても、第 43 期以降の決算議案は確定しているのであるから、現在において是正するべきものは何もないこと、修正動議の内容については後日実現していることを理由に訴えの利益は認められないと主張した。

【まとめ】 ①計算書類承認決議取消しの訴えにおいて、翌期以後の計算書類が承認されている場合に訴えの利益は消滅するかどうか。②株主総会決議に修正動議を無視したという瑕疵がある場合、後日修正動議の内容が実現された場合に、訴えの利益は消滅するかどうか。

 ⇒ ①株主総会決議取消しの訴えは形成の訴えであり、形成の訴えは、その必要に応じて実体法上明文で規定されている場合に限って認められるものである以上、法定の要件を満たせば訴えの利益が認められるのが原則である。もっとも、訴訟制度の利用は具体的な紛争解決の効果が期待される場合でなければならず、決議を取り消す具体的な実益がなくなれば、訴えの利益はなくなるものと解する。計算書類承認決議取消しの訴えの勝訴判決が確定すれば、当該決議は初めに遡って無効となる結果、営業報告書等の計算書類については総会における承認を欠くことになり、また、右決議に基づく利益処分もその効力を有しないことになって、法律上再決議が必要となる。したがって、決議を取り消す具体的な実益はあるといえ、その後に当該議案について再決議がされたなどの特別の事情がない限り、当該決議の取消を求める訴えの利益が失われることはないと解する。②(株主総会で無視された修正動議の内容がその後実現した場合には訴えの利益を欠くべき特別の事情があるといえるかどうかについて) 計算書類承認決議取消の訴えは、手続上の瑕疵を主張してその効力の否認を求めるものである。したがって、当該修正動議の内容が後日実現されたからといって、訴えの利益が失われる特別の事情があるとはいえない。

  • ある事業年度に係る計算書類等が未確定となると、それを前提とする時期以降の計算書類等の記載内容も不確定なものになる。

⇒  これは、行年度の計算書類が未確定となったことに関連する範囲で後続年度の計算書類が確定となり、それを完全に適法なものとするためには、改めて問題の事業年度に係る計算書類等の承認決議をする必要があるという趣旨である

 

Law Practice28 株主総会決議取消訴訟の訴えの利益

1 文1(1)について

(1) Y 社株主でもある X は、取締役として A、B および C を選任する旨の決議がされた定時株主総会の招集決定が代表取締役 A 限りで行われているところ、①取締役会設置会社である同社で株主総会の招集を決定する取締役会決議を欠くこと(289 条 4 項)、②非公開会社である同社において招集通知が 1 週間前まで(299 条 1 項)ではなく 5 日前に行われていることが招集手続の法令違反(831 条 1 項 1 号)に当たると主張して、本件決議の取消しの訴えを提起する。

2   (2)について

本件では有効な取締役会の決議に基づかず株主総会が招集され(①)、招集通知の発送も法定期間より 5 日も前に行われている(②)。そして本件ではこれらの瑕疵を治癒するような事情、例えば、決議は他の株主全員の一致で成立したという事情はない。

そしてこれは、「その違反する事実が重大」で、「決議に影響を及ぼ」す瑕疵であるといえ(830 条 2 項)、裁判所は裁量棄却することはできない。

3 文2について

(1) 本件においては、上記訴え提起後に、Y 社取締役会の決議に基づき適法に招集手続がされた上で開催された定期株主総会において、先行決議と同じように A、B および Cを取締役として選任する旨の決議がされている。そうすると、もはや先行決議を取り消す実益はない、つまり、訴えの利益は失われるのではないか。

(2) これについては、取締役選任に係る先行株主総会決議の取消訴訟が係属中に、同内容の後行株主総会決議がされた場合、先行決議の瑕疵が後行決議の効力に影響を及ぼす限り訴えの利益は失われないと解すべきである。

そして、本件において、仮に先行決議が取り消されれば、そこで選任された A らによって構成させる Y 社取締役会は正当な取締役会とはいえず、その取締役会で選任された代表取締役も正当に選任されたものではなく、株主総会の招集権限を有しない。このような取締役会の招集決定に基づき当該代表取締役が招集した株主総会において、再度 A らを取締役に選任する旨の決議(後行決議)がされても、その決議は全員出席総会においてされた等の特段の事情がない限り当該瑕疵は治癒されない。そうすると、先行決議の瑕疵が後行決議の効力に影響を及ぼすといえる。

したがって、訴えの利益は失われない。

(3) よって、後行決議の存在は X の上記請求に影響を及ぼさない。

 

40  決議取消しの訴えと裁量棄却  最高裁昭和 46 3 月 18 日第一小法廷判決

【事実の概要】 Y会社の株主総会では、株主総会の招集決議をした取締役会に取締役が 7 人中 2 人しか出席しなかったこと、招集通知が法定の招集通知期間より 2 日遅れて発送されたこと等の瑕疵があった。そこで、Y会社の株主であるX1 及びX2 は、本件株主総会決議取消しの訴えを提起した。

【まとめ】 株主総会招集の手続またはその決議の方法に性質、程度等から見て重大な瑕疵がある場合には、その瑕疵が決議の結果に影響を及ぼさないと認められるようなときでも、裁判所は、決議取消の請求を認容すべきであって、これを棄却することは許されないものと解する(831 条 2 項)。本件株主総会の招集手続は、取締役会の有効な決議にもとづかないでなされたものであるのみならず、その招集の通知はすべての株主に対して法定の招集期間に 2 日も足りない会日より 12 日前になされている。このような瑕疵は、全株主に対し、会議体としての機関である株主総会の開催と会議の目的たる事項を知らせることによって、これに対する出席の機会を与えると共に、議事及び議決に参加するための準備の機会を与えることを目的とする、法 298 条以下の趣旨に反するものである。したがって、右株主総会招集の手続にはその性質および程度から見て重大な瑕疵があるというべきである。

 

41  取締役選任決議の不存在とその後の取締役選任決議の効力  最高裁平成 2 4 月 17 日第三小法廷判決

【事実の概要】 Y会社では当時、X、A、B、Cが取締役であり、Xが代表取締役に就任していた。Aらの画策により、Xについて、取締役および代表取締役を辞任した旨の登記がなされた(実際にXが取締役および代表取締役を辞任したという事実はなかった)。同時に、Dを取締役に選任する旨の株主総会決議がされ、Aを代表取締役に選任する旨の取締役会決議がなされたとする議事録が作成され(そのような事実はなかった)、Dを取締役に選任する旨の登記もなされた。XはY会社を被告として、Xが取締役および代表取締役の地位にあることの確認、Dの取締役選任決議の不存在確認等を求める訴えを提起した。これに対し、Y社は、訴訟係属中に、当時取締役であったX、A、Cによって取締役会が開催され、Xを代表取締役から解任し、後任にAを選任する決議がなされたため、Xの請求には理由がなくなったとして争った。 ※ 訴えの利益は失うか。

【まとめ】 取締役を新たに選任したとされる株主総会決議が不存在である場合、その後になされた取締役選任決議の効力について ⇒ 取締役を選任する旨の株主総会の決議が存在するものとはいえない場合、当該取締役によって構成される取締役会は正当な取締役会とはいえず、かつ、その取締役会で選任された代表取締役も正当に選任されたものとはいえず、株主総会の招集権限を有しない。したがって、このような株主総会の招集権限を有しない者を構成員とする取締役会の招集決定に基づいて、代表取締役が招集した株主総会において新たに取締役を選任する旨の決議がなされたとしても、その決議は、いわゆる全員出席総会においてなされたなど特段の事情がない限り、法律上存在しないものと解する。

  • 本判決は、会社法 346 条 1 項の適用の有無を判断する前提として、当初の取締役選任決議が不存在である場合において、その後の取締役選任決議は原則として連鎖的に不存在になることを明らかにした最初の最高裁判決であり、その例外として、その後のある段階での取締役選任決議が全員出席株主総会における決議として有効に成立したような場合には、この不存在の連鎖が遮断されることを明らかにしたものである。

Law Practice22  全員出席総会

1   小問(1)

(1) X は、A・B・C で構成する取締役会により株主総会の招集の決定がなされ、A によってこれの招集が行われた点に瑕疵があるとして、本件決議の不存在確認の訴え(830 条 1 号)を提起すべきである。

(2)  取締役会設置会社において、取締役が総会招集の決定事項(298 条 1 項各号)の決定は取締役会の決議によらなければならない(298 条 4 項)。また株主総会の招集は会社の業務執行の1つであるから、包括的な業務権限を有する代表取締役が上記決定の執行として株主総会を招集すると解する。本件において、Y で X が取締役を辞任し、C が取締役に選任された事実はないところ、株主総会の招集の決定は X・A・B で構成する取締役会の決議によらなければならなかった。しかし、上記のように A・B・C で構成する取締役会により株主総会の招集の決定がなされているところ、有効な取締役会決議を欠くという瑕疵がある。また、代表取締役ではない取締役 A により株主総会の招集がされているところ、この点にも瑕疵がある。

したがって、本件株主総会の招集手続には上記瑕疵がある。

(3) そして、不存在事由については明文の規定を欠くところ、解釈が必要である。不存在事由は、①決議が物理的に存在しない場合、②物理的には決議は存在するが、その手続の瑕疵が激しいため法律上決議が存在したとは評価できない場合に認められると解される。

本件のように、代表権のない取締役 A が取締役会決議なく株主総会を招集したという手続上の瑕疵は、招集手続に関する著しい法令違反である。そのため、②手続の瑕疵が激しいため法律上決議が存在したとは評価できない場合に当たる。

したがって、特段の事情のない限り不存在事由が認められる。

  そこで、出席全員総会である点が特段の事情に当たるかについて検討する。株主総会の招集手続の目的は、株主に株主総会出席の機会を与え、議事・議決に参加する準備の機会を与える点にあるところ、株主全員が株主総会開催を理解したうえで、参加したのであれば招集手続の瑕疵は問題とならず当該株主総会は適法に成立すると解する。ただし、代理人が出席している場合は当該株主が株主総会の目的事項を了知したうえで委任状を作成している必要がある。本件において、代理人を本件株主総会に出席させた株主は、本件株主総会の目的事項を了知したうえで委任状を作成している。そして、他の株主は本件株主総会に自ら出席している。そうすると、株主全員が株主総会開催を理解したうえで参加したといえる。そのため、本件株主総会は適法に成立したといえる。

したがって、本件では出席全員総会である点が特段の事情に当たり、不存在事由は認められない。

(3)   よって、X の上記訴えは認められない。

2   小問(2)

(1) 上記決議の不存在確認の訴えが認容されると、地位確認の訴えにおける Xの再抗弁は認められる。その結果、Y 社の抗弁は認められず、地位確認の訴えは認容される。

(2) 他方、上記決議の不存在確認の訴えが棄却されると、地位確認の訴えにおける X の再抗弁は認められない。その結果、Y 社の抗弁は認められ、地位確認の訴えは棄却される。

(3) 以上のように、地位確認の訴えの帰趨は変わる。

 

42  総会決議不存在確認の訴えと訴権の濫用  最高裁昭和 53 7 月 10 日第一小法廷判決

【事実の概要】 Y会社は、昭和 47 年 3 月ごろから経営に行き詰まりを来していたため、同社の役員であったXおよびAらは、その持分を訴外 EF 夫婦に譲渡してY会社の経営から手を引くことを決めた。XおよびAらは E 及び F に持分を譲渡し、EF 夫婦は持分譲渡の代償としてY会社が当時負担していた債務の弁済等のため 500 万円を出損し、XおよびAはY会社に対し取締役辞任届を提出した。同日、社員総会において、持分譲渡の承認、EF 夫婦を取締役に、F を代表取締役に選任なされた旨の登記がなされ、以後、EF がY会社の経営にあたっている。それにもかかわらず、Xは本件持分譲渡の合意がなされてから約 3 年後に、本件社員総会は招集手続きに瑕疵があり、協議に基づいて議決したものではないとして、社員総会決議不存在確認を求める訴えを提起した。

【まとめ】 Xの本訴提起は甲乙夫婦に対する著しい信義則違反の行為であること及び請求認容判決が第三者である甲乙夫婦に対してもその効力を有することに鑑み、Xの本件訴提起は訴権の濫用にあたり、不適法である。

 

43 決議無効確認の訴えと決議取消しの主張  最高裁昭和 54 11 月 16 日第二小法廷判決

【事実の概要】 Y会社は、昭和 50 年 5 月 30 日に定時株主総会を開催し、第 3 期の営業報告書、貸借対照表および損益計算書の承認決議その他の決議を行った。ところが、本件計算書類については総会提出前に監査役の監査を受けていなかった。同年 8 月 20 日、Y会社の株主であるX1 及びX2 は、株主総会に提出された本件計算書類は監査役の監査を受けていない違法な書類であり、このような違法な書類を承認する総会決議は無効であるとして株主総会決議無効確認の訴えを提起した。その後、Xらは、本件第 1 審係属中の昭和 52 5 月 24 日に、本件計算書類の決議を取り消すよう予備的請求として訴えを追加した。

【まとめ】 法が株主総会決議取消の訴えと株主総会決議無効確認の訴えを区別して規定している趣旨は、取消原因として主張される瑕疵が、無効原因とされる内容上の瑕疵に比べてその程度が比較的軽い点に注目し、会社関係における法的安定性の要請の見地からこれを主張しうる原告適格を限定するとともに出訴期間を制限することにある。もっとも、両者は、その決議の効力を否定すべき原因となる点において差異がないのであるから、株主総会決議の無効確認を求める訴えにおいて決議無効原因として主張された瑕疵が決議取消原因に該当しており、決議取消訴訟原告適格、出訴期間等の要件を満たしているときには、たとえ決議取消の主張が出訴期間後になされていたとしても、なお決議無効確認訴訟提起時から提起されていたものとして扱うべきと解する。

  • 民事訴訟における当事者主義ないし処分権主義の見地から、少なくとも当事者の訂正の申立てまたは裁判所の積極的な釈明(民訴 149 条)による訂正の申立てが必要との見解が主張されている。
  • 株主総会に提出された本件計算書類につき監査役の監査(436 条 1 項、441 条 2 項、444 条 4項)を受けていないという瑕疵は、決議取消原因に該当すると判断された。

 

44  取締役解任の正当理由  最高裁昭和 57 1 月 21 日第一小法廷判決

【事実の概要】 Y会社は、従来その発行済株式総数 8000 株のうち、4350 株をXが、2350 株を訴外Aが各所有し、代表取締役にX、取締役にAおよびXの妻B(訴外)が就任していた。Y会社は、実質的にはX・A両名の共同経営の下にあったところ、Xは持病が悪化したため、Y会社の業務から退き療養に専念しようと考えた。そこで、Aとの間でX所有のY会社の株式 4350 株をAに売り渡す旨の契約を締結すると同時に、XがY会社の代表取締役を辞任し、Aが後任の代表取締役に就任すべきことを取り決めた。そして、X辞任の承認とAを代表取締役に選任する決議がなされた旨の取締役会議事録が作成された。その後、Aは臨時株主総会を招集し、経営陣の一新を図りXを取締役から解任した。X は、上記臨時株主総会について、Xに招集通知が発せられていない等主張して、株主総会決議の瑕疵を争ったが、第 1 審は、本件株主総会決議には瑕疵がないことを理由として請求棄却とした。そこで、Xはこれまでの請求に加えて、Y会社がXを解任したことは「正当な理由」(339 条 2 項)がなかったとして、Y会社に損害賠償を請求した。

【まとめ】 339 条 2 項の趣旨は、取締役の解任を通して会社に対する株主の監督機能を確保する一方で、取締役の任期に対する期待を保護し両者の利益の調和を図ることにある。そこで、「正当な由」とは、取締役による職務遂上の法・定款違反為があった場合や、職務への著しい適任、心身の故障等があった場合等、当該取締役に経営をわせるにあたって障害となるべき状況が客観的に生じた場合をいうと解する。本件についてみると、Xの病状が悪化したために、本人も療養に専念しようと考えていたのであり、Xに取締役としての責務の遂行を期待することは客観的に難しい状況にあったといえる。よって、本件解任には、「正当な理由」があったといえる。

  • 339 条 2 項の損害賠償責任は、取締役を正当事由なく解任したことについて、故意・過失を要しない株式会社に課された法定責任である。したがって、その損害賠償の範囲は、残存任期期間中と任期満了時に、取締役を解任されなければ得ることができた利益の喪失による損害に限られる(江頭)。

 

45  取締役権利義務者の解任  最高裁平成 20 2 月 26 日第三小法廷判決

【事実の概要】 株式会社Y1製作所は 560 株の株式を発行している同族会社である。X及びY2は各 280 株所有している。Y2 はY1 会社の株主総会で取締役に選任されたものの、その後の株主総会で選任が否決されたため、346 条 1 項に基づいて、新たに選任された役員が就任するまで取締役としての権利義務を有する者(取締役権義務者)として、Y1 会社の職務を行っていた。Xは、Y2  が同社の経営を独断専行しているなどと主張して、Yらに対し、Y2  の取締役の解任を求める訴えを提起した。これに対して、Yらは、Y2  は任期満了に伴って取締役を退任し、取締役権利義務者となったにすぎず、Y2 に対し取締役解任の訴えを提起することはできないと主張し争った事案。

【まとめ】 すなわち、取締役権利義務者(346条1項)に対し、役員解任の訴え(854条1項)を提起することができるか、取締役権利義務者も「役員」にあたるかが問題となる。854 条1項は、解任請求の対象について、単に「役員」と規定するのみで、役員権義務者を含む旨を規定していない。また、346 条 2 項は、裁判所は必要があると認めるときは害関係人の申てによって一時役員の職務をうべき者(仮役員)を選任することができる旨を定めているところ、仮役員を選任することで取締役権義務者の地位を失わせることができる)ため、取締役権義務者を対象として役員解任の訴えを認める必要性もない。したがって、取締役権利義務者は「役員」にはあたらず、854  条を適用又は類推適用して株主が訴えをもって当該役員権利義務者の解任請求をすることは許されないと解する。

  • XとY2 間の持株買取りか、解散判決(471 条 6 号、833 条 1 項 1 号)によるほかない。
  • 本件最高裁判決のように否定説を採る場合には、株主 X は、仮取締役の選任を求めるほかないが、そのための要件として、「必要があると認めるとき」に該当しなければならない(会社法 346 条 2 項)。退任取締役が取締役としての権利義務を有することが、(不在や病気等により)不適当である場合が、これに該当すると解されている。

 

46  取締役の職務執停止仮処分の効力  最高裁昭和 45 年 11 月 6 日第二小法廷判決

【事実の概要】 昭和 31 年 2 月 9 日または 10 日に、Yらは甲会社から本件土地を譲り受け、所有権移転登記を備えた。昭和 32 年 1 月 12 日、Xは、甲会社の代表取締役Aから本件土地を買い受けた。Xは、Yらに対し、本件土地の所有権確認およびXへの所有権移転登記手続等を求めて提訴した。本件では、以下のような事情がある。昭和 30 年 6 月 14 日に甲会社の前人取締役全員(Aほか 3名)は仮処分により職務執行を停止され、Bほか 3 名がその職務代行者として選任され、翌 31 年 2月 20 日にBが代表取締役職務代行者として選任された。その後、同年 12 月 22 日には被停止取締役全員が辞任し、24 日の株主総会で新たに 4 名の取締役が選任され、27 日の取締役会でAが代表取締役に選任された。そこで、Yらは、職務代行者選任の仮処分が取り消されていない以上、当時のAには代表権限がなくXの本件売買は無効であるとの抗弁を提出し争った。

【まとめ】 (1) 職務執行停止代行者選任の仮処分決定は、右仮処分により職務の執行を停止された取締役が辞任し、株主総会の決議により新たに後任の取締役が選任された場合、このことのみによって、直ちに右仮処分決定が失効したり、右代行者の権限が消滅したりするものと解すべきものではなく、右後任取締役の選任等により事情の変更があるとして仮処分決定を取り消す判決があってはじめて失効するものというべきである。(2)仮処分により取締役の職務代行者が選任されている場合には、被停止者の辞任・後任取締役の選任があったとしても、会社の取締役の職務(常務に属する職務)は、原則として代行者が行うべきものであって、その限度において右後任取締役は職務の執行を制限される(352 条 1 項)。(3)仮処分の後、職務の執を停止された取締役が辞任し後任の取締役が選任された場合に、代表取締役が欠けているときは、代表取締役の選定は、会社の業務執権を有する重要な機関の選定であり、常務に属する職務とはいえないので、取締役会が構成する取締役会の決議をもって代表取締役を定めることができる ⇒  本件についてみると、A  は適法に甲会社の代表取締役に選任されているものの、仮処分の存続中、取締役たる資格においてその職務を執行できない制約を受ける者であるから、代表取締役としての権限も直ちに行使することはできない。したがって、A が甲会社を代表して X との間に本件各土地の売買契約を締結したとしても、その効果は生じない。もっとも、本件仮処分申請は、昭和 32 年 1 月 14 日その申請が取り下げられたというのであるから、その後は、A  において、甲会社を代表して本件売買契約を追認し、あるいは新たに売買契約を締結することができる。

  • 取締役の職務代行者の権限は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除き、会社の常務に限定され、常務に属しない行為をするには、裁判所の許可を要する(352 条 1 項、868 条 1 項)。
  • 会社の常務とは、会社事業の通常の経過にともなう業務をいい、募集株式の発行等・事業譲渡・定款変更とか、取締役解任を目的とする臨時株主総会の招集等は常務に属しない(江頭)。
  • 職務執行停止中の取締役が仮処分の趣旨に違反して行った行為は無効であり、事後に仮処分が取り消されても遡って有効になるものではない(最判昭和 39 年 5 月 21 日)。もっとも、仮処分の失効後、権限を回した代表取締役がその為を追認することはできる

 

47  代表取締役職務代行者による臨時総会の招集と会社の常務  最高裁昭和 50 6 月 27 日第二小法廷判決

【事実の概要】 Y会社では株主間に支配権をめぐる争いがあったため、代表取締役に関し職務執行停止の仮処分がなされ、Aが代表取締役職務代行者に選任されていた。Y会社において少数株主権が行使され、Aに対し、Y会社の株主兼取締役であったXの解任を目的とする臨時株主総会の招集が求められたため、Aは臨時総会を招集し、そこでXの解任が決議された。これに対し、Xは、上記臨時株主総会の招集は、352 条 1 項にいう「常務に属しない行為」であるにもかかわらず、裁判所の許可を得ることなくなされたものであるから、手続に違法があるとして、株主たる資格において解任決議取消しの訴えを提起した。

【まとめ】 少数株主の請求による取締役の解任を目的とする臨時株主総会の招集は、「常務に属しない行為」(352 条 1 項)にあたるか、少数株主による臨時総会招集の請求がされた場合には、代表取締役は原則として臨時株主総会を招集しなければならず、裁量に属さないのであるから、「常務」に属すると思えるため問題となる。 ⇒ ここに、会社の常務とは、当該会社として日常行われるべき通常の業務をいう。そうすると、取締役の解任を目的とする臨時総会の招集のような業務は、日常・通常の業務ではないため、「常務に属しない行為」にあたる。そして、少数株主の請求による取締役の解任を目的とする臨時株主総会の招集も、請求を受けた後に取締役会が招集を決定し、代表取締役職務代行者が招集するというプロセスは、通常の臨時株主総会の招集と異なるものではないから、通常の臨時株主総会の招集と同様に、「常務に属しない行為」にあたる。

 

48  表見代表取締役と第三者の過失  最高裁昭和 52 10 月 14 日第二小法廷判決

【事実の概要】 Xは、Y株式会社の取締役であるAがY社上本町営業所専務取締役営業所長名義で振り出した約束手形 1 通を所持している。当該手形は、融資を受ける目的で振り出され、当初受取人欄や支払期日等は白地であった。その後AはY会社代表取締役でありAの父であるBの第一裏書を自ら署名捺印したうえ融資先斡旋を依頼していたCに手渡し、Cにおいて受取人をBと補充し、手形割引依頼に応じたXが支払期日を補充した。支払期日にXが支払場所に当該手形を提示したが支払いがなかったことから、XからY会社に対して手形金額および遅延損害金の支払いを求めた事案。

【まとめ】 明文上「善意」としている以上、過失の有無を問わないように思えるが、代表権の欠缺を知らないことについて第三者に重大な過失があるときは、悪意の場合と同視でき、保護に値しないため、「善意の第三者」に含めるべきではない。したがって、「善意の第三者」とは、代表権の欠缺について善意無重過失の第三者をいうと解する。

  • 354条の主観的要件について
  • 悪意重過失の証明責任は会社側にある。なお、保護される第三者の範囲を取引の直接の相手方に限るのが判例である(最判昭和 59 年 3 月 29 日)。
  • 354条と908条の関係 ⇒ 「代表取締役の氏名は登記事項であるから(911条3項14号)、会社法908条1項前段が適用されると悪意擬制され、相手方は一切保護されないことになるが、これでは取引の安全が著しく害されることになる。そこで、354条と908条1項の関係が問題となる。そもそも、354条は、会社と取引をするものに常に登記簿の閲覧を要求することは商取引の大量・迅速性に反し妥当ではないことから、例外的に取引の安全強化を図ろうとした規定であると考える。そこで、会社法354条は、会社法908条1項の例外規定であり、354条が優先して適用されると考えるべきである」

 

49  取締役の責任と法令違反  最高裁平成 12 7 月 7 日第二小法廷判決

【事実の概要】 A会社の株主であるX1 は、当時A会社の代表取締役であったYらに対し、423 条 1 項に基づく取締役の責任を追及する株主代表訴訟を提起した。本事案の主たる争点は、A会社が行った損失填補が独占禁止法 19 条違反となるか、同条違反の場合には、取締役が遵守すべき法令違反となり、423 条の任務懈怠となるかであった。

【まとめ】 取締役の任務には、法令を遵守して職務を行うことが含まれる(355 条、423 条)。取締役は、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社が法令に違反することがないようにするため、その職務執行に際して会社を名宛人とする規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務というべきである。そこで、取締役が遵守すべき「法令」には、会社を名宛人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定が含まれると解する。したがって、独占禁止法も取締役が遵守すべき法令に含まれる。

  • もっとも、最高裁は、Yらが、行為に際して、「独占禁止法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることもできないから、本件損失補てんが独占禁止法一九条に違反する行為であることをもって、…損害賠償責任を肯認することはできない」としている。
  • 手段債務であれば理論的に免責はあり得ないはずなので、法令違反行為を「結果債務」のようなものととらえているのか。或いは、「民法の帰責事由と会社法の帰責事由を同一のものと解すべきではない」ということか。
  • 「過失」を別途要求するとすれば、以下のようになる ⇒ 【428条1項が「任務を怠ったこと」と「責めに帰することができない事由によるものであること」とを区別していることからも明らかなように、任務懈怠と過失とを別の要件としており、これは423条1項の責任についても同様とされる。したがって、取締役等は、任務懈怠があったとしても、過失がなければ423条1項の責任を負わないことになる。】

Law Practice40 法令違反と取締役の責任

1 「取締役」Y1・Y2について

(1) 任務懈怠(423 条 1 項)

取締役の法令遵守義務を規定した 355 条の趣旨は、社会全体の利益を保護する見地から取締役による会社の利益追求行動に対し強行法規的な制限を課す点にある。そこで、同条の「法令」とは、取締役を名宛人としてその義務を定める規定に限らず、株式会社を名宛人として株式会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定を含むと解する。本件において、A 社は本件販売を理由に食品衛生法違反の罪で略式命令を受けている。同法は A 社を名宛人として A 社がその業務を行うに際して遵守すべき規定である。そのため、同法は「法令」に当たる。したがって、Y1・2 が同法を遵守せずに本件販売をしたことは「その任務を怠った」といえる。

(2)   帰責事由

ア   Y1

もっとも、法令違反について取締役に帰責事由(故意または過失)がないときは、取締役の任務懈怠責任は生じない。本件において、C から食品添加物 T が B 社の工場で製造された焼売に含まれていることを知らされると、直ちに Y2 に対してこれの販売中止等はしないように述べ、さらに C には口止め料 5000 万円を支払っている。そうすると、Y1 は上記法令違反の可能性を認識していたといえる。

したがって、Y1 は上記法令違反について故意はあったといえる。

イ Y2

また Y2 も Y1 から上記添加物混入について知らされており、焼売の販売中止等は待つように伝えられているところ、上記法令違反があったかもしれないがそれでもいいという認識であったといえる。したがって、少なくとも Y2 に過失は認められる。

(3) 損害と因果関係

本件販売により、A 社は営業補償として 50 億円、信頼回復キャンペーン費用として 20 億円、在庫品の廃棄費用として 3 億円の支出をしている。営業補償の一部と在庫品廃棄費用は仮に Y1・2 が焼売の販売を継続させずに、中止したとしても発生する費用であるから、上記任務懈怠によって発生した損害とはいえない。他方で、Y1・2 が食品添加物 T の混入を知りながら本件販売をしたことで、より一層 A 社の信頼が損なわれたといえる。そうだとすると、信頼回復キャンペーン費用 50 億円の一部と、減少した営業利益の 20 億円の一部は Y1・2 の上記任務懈怠によって生じた損害といえる。

したがって、信頼回復キャンペーン費用として 20 億円と、減少した営業利益の 20 億円の一部は上記任務懈怠と因果関係のある「損害」である。

(4) 損益相殺

本件販売により会社が得た利益は、上記損害の賠償責任の判断に際して損益相殺の対象となるとも思える。しかし、上記損害は A 社の信用失墜による売上減少等が損害の発生原因であるところ、法令違反による売上は損害発生の原因によって受けた利益ではない。

したがって、損益相殺は認められない。

(5) よって、X の Y1・2 に対する請求は上記損害の限度で認められる。

2 「取締役」Y3

(1) まず上記 Y2 らと同様に Y3 には、A 社を名宛人とする食品衛生法違反という法令違反という法令遵守義務違反ある。それゆえ、任務懈怠があったといえる。

しかし、Y3 は、Y2 らから同法違反の事実にはすでに対処済みである旨の報告を受けている。

 したがって、任務懈怠についての故意・過失がない。

(2) もっとも、取締役設置会社の取締役会は、会社の業務を監督する職務を負う(362 条 2条 2 号)ところ、個々の取締役は他の取締役の業務執行を監視する義務を負うと解する。非取締役会設置会社の取締役も善管注意義務(330条、民法644条)の一内容として他の取締役の業務執行を監視する義務を負うと解する。本件において、A 社が取締役設置会社であるかは不明であるが、いずれにしても他の取締役を監視する義務を負う。

とはいえ、通常、会社の業務は業務執行取締役や使用人の間で分担されているところ、各取締役は、他の取締役または使用人が担当する業務については、その内容につき疑念を挟むべき特段の事情がない限り適正に行われていると信頼することが許され、監視義務違反は認められないと解すべきところ、本件において、焼売に添加物 T が混入していることについてY2らに事情を聞いて、その問題はすでに対処済みという報告を受けたために特段の指示をしていない。そうすると、Y3 は添加物 T の問題に対処せずに本件販売を継続するという Y1・2 の業務執行について疑念を挟むべき特段の事情がないといえる。

したがって、Y3 に監視義務は認められず、その結果、任務懈怠は認められない。

(2) よって、X の Y3 に対する請求は認められない。

  • 情報に特に疑うべき事情がない限り、取締役をその情報を信頼して意思決定をすれば善管注意義務違反とはならない(信頼の原則)と考えるべき。

 

50  取締役の注意義務と経営判断原則  最高裁平成 22 7 月 15 日第一小法廷判決

1 本件において、Xらの請求は認められるか。

すなわち、Yらは423条1項の責任を負うか。本件において、①A・B社を完全子会社化したこと、②A社の完全子会社化の際、任意の合意に基づく買取を実施し、③A社株式を5万円という価格で買い取ったことが、それぞれ善管注意義務に反するかが問題となる。

2 確かに、①についてはまだしも、②株式交換が可能であったにもかかわらず任意の合意に基づく買取を実施したこと、③その買取に際して実際には1万円から2万円程度の株式を、5万円で買い取ったことからすると、取締役に善管注意義務違反を認めても良いようにも思える。

しかし、取締役の職務執行における善管注意義務違反(330条、民法644条)の判断には、経営判断の原則が妥当する。これは、株主により選出されその経営手腕を期待された経営の専門家がその手腕をいかんなき発揮すべく、その萎縮効果を避けるためのものであり、事業再編計画の策定についても異なることはない。具体的には、行為時の状況において、判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったか、その事実に基づく意思決定の過程が、通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかという観点から審査すべきである。

本件においては、確かに株式交換をすれば直ちにA社を完全子会社化できたはずである。しかし、Yらには、可能な限り任意の合意に基づきA社株式を取得し、事業の遂行上重要なA社の株主との関係を悪化させることを防止する必要があったといえる(決定内容の合理性○)。また、A社という非上場会社の株式の価値の評価は客観的な評価ができるものではなく専門家が算定してもかなりの幅が出るものであるし、このような株式については事業再編の効果による値の増加も期待できた。また、A社を完全小会社化しグループの競争力を高めることのメリットや、上記の通り加盟店等との関係を良好に保ちつつ加盟店等からの株式の取得を円滑にすすめることのメリットに鑑みると、5万円という額もあながち不合理ではないというべきである(③。認知バイアスが働くからである)。

そして本件においては、この判断に際して、グループ企業各社の経営会議において検討され、かつ、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程には何ら不合理な点は見当たらない(事実認識、意思決定過程○)。

3 よって、本件のYらの判断には、行為時の状況において、判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りはなく、また、その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものでもなかったといえるから、Yらは善管注意義務に反して上記行為をなしたとはいえず、よって、Xらの請求は認められない。

 

51  銀行の取締役の善管注意義務  最高裁平成 20 1 月 28 日第二小法廷判決

【事実の概要】 A銀行はB会社に融資を行った(本件第 1~第 3 融資)ところ、平成 11 年 3 月の時点で、第 1 融資は約 192 億円が、第 2 融資は約 309 億円が、第 3 融資は約 375 億円が回収困難となった。A銀行は平成 9 年 11 月経営破綻し、取締役Yらに対し本件各融資にかかる忠実義務善管注意義務違反があったとして、破綻処理に伴い取締役に対する損害賠償請求権等を取得したXが損害賠償を求めた。原審は、第 1 融資および第 3 融資についてはYらの善管注意義務を否定したため、Xは上告受理申立てをした。

【まとめ】 銀行の取締役の善管注意義務について、一般株式会社の取締役のそれに比して高く、経営判断原則の適用も限定される。銀行の公共的性格を加味してのことだと考えられる。融資債権の回収可能性について合理的な説明が成り立つか、回収確保としてリスク確保が必要十分になされていたかが検討されなければならない。すなわち、銀の取締役ならば、融資の相手方の安全性、融資債権の回収可能性(担保を付けていたか等)について、事実認の誤りがなかったか、意思決定の判断過程、内容についてな点はなかったかどうかを中心に検討する必要がある。

  • 無担保融資の場合でも融資先の再建・再編を通じた回収が込める場合には、回収可能性が確保できる限り経営判断として追加融資を認めることができる場合がある。ただし、このような外的な融資では回収可能債権にかかるリスクは重大であり、債権保全についてはかなりの確実性が要求されることになる。

①第 1 融資について;Bの発行する新株を引き受ける予定の関連企業に対し、引受予定の新株を担保としてその引受代金を融資し、弁済期に当該株式を売却した代金で融資金の弁済を受けることを予定したものであるが、が融資先の関連企業の業績及び株価のみに依存する形で巨額の融資をうことは、そのリスクの高さに鑑み、特に慎重な検討を要する。新株発行後のBの発行済株式総数に占める担保株式の割合等に照らし、融資先が弁済期に担保株式を一斉に売却すれば、それによって株価が暴落するおそれがあることは容易に推測できたはずであるが、その危険性及びそれを回避する方策等について検討された形跡はない。B については、財務内容が極めて不透明であるとか、借入金が過大で財務内容は良好とはいえないなどの報告がされていたことから、融資決定をしたYらの判断は、銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なものといわざるをえず、Yらには銀行の取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。②第 3 融資について;第 3 融資は、大幅な債務超過となって破綻に瀕したBに対し、もはや同社の存続は不可能であるとの認識を前提に、G事業が完成する予定の平成 5 年 6 月まで同社を延命されることを目的として行われたものである。追加融資を行うことを決定した判断は、銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なものといわざるをえず、銀行の取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。

 

Law Practice38 経営判断の原則

1 A 社「株主」Xとしては、第 1 および第 2 融資について取締役 Y1らには善管注意義務違反があり(330 条、民法 644 条)、よって、任務懈怠が認められるとして、これによりA 社に生じた損害の賠償請求(423 条 1 項)を求める株主代表訴訟をすることが考えられる。

2 (1) X の上記請求が認められるためには、第 1 および第 2 融資を実行した Y1らが「その任務を怠った」、すなわち、善管注意義務違反が認められる必要がある。特に取締役の職務執行における善管注意義務違反の判断には経営判断の原則が妥当する。取締役が職務執行に対して萎縮することを避けるためである。具体的には、①行為時の状況において判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったか、②その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかという観点から審査する。

(2) 本件において、第 1 融資を実行することを決めた取締役会で B 社のリゾート計画や B 社の売上、経常利益や株価などが報告され、さらに今後の経済状況や融資をすることによる A 銀行のメリットなどが報告されている。これらは判断の前提となった事実であるからこれに不注意な誤りがあるかを検討する必要がある(①)。そのうえで融資の担保となる B 株式を一斉に売却することで株価が暴落するおそれがあることや、それを回避する方策を検討せずに第 1 融資を実行した Y1 らの判断が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかを検討する。(②)同様に、第 2 融資を実行することを決めた取締役会で報告された事実に不注意な誤りがあるかを検討し(①)、リゾート事業に係るホテルの稼働率やそれを前提とした将来の収益予測等について具体的な検討をせずに第 2 融資を実行した Y1 らの判断が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかを検討する。(②)

したがって、上記審査により Y1 らの善管注意義務違反が認められれば、Y1 らは「その任務を怠った」といえる。

(3) よって、そのような場合には、X の請求は認められる。

 

52  内部統制システム  最高裁平成 21 7 月 9 日第一小法廷判決

【事実の概要】平成 16 年 9 月 13 日および 14 日、XはY会社の株式を 1 株当たり 1215 円で 600 株取得した。Y会社では、伝票等を確認する BM 課とソフトの稼働を確認する CR 部とが設けられており、BM 課が受注を確認した上で検収書を取引先に渡し、ソフトの稼働を確認する CR 部の担当者が取引先で検収を行った後、BM 課が検収書を回収して財務部経由で売上計上する仕組みになっていた。また、財務部および監査法人は、定期的に取引先に書類を送付して売掛金の残高を確認していたほか、回収予定日を過ぎた債権については、財務部が営業担当部署に滞留の理由を報告させていた。ところが、Yの G 事業部の元部長 A が、高い業績を維持することで自己の地位を確保する目的から、平成 12 年 9 月から平成 16 年 12 月までの間、後日正規の注文を獲得できる可能性の高い案件について、取引先である販売会社の印鑑、注文書、検収書等を偽造することで注文前に売り上げがあったかのように装い、売上総額 11 憶 4000 万円を架空に計上した(本件不正行為)。架空の売掛金債権は必然的に滞留することになるが、A は、エンドユーザーである大学側の事情を滞留理由としたほか、他の債権の回収金を付け替えることで架空の売掛金債権を消し込むなど、巧妙な手口で隠蔽工作を行った。そのため、Y は、本件不正行為を約 4 年間見抜くことができないまま、有価証券報告書に虚偽記載を行うことになった。本件不正行為発覚後、Y会社の株式は急落し、終値が 570 円となったため、Xは、Yの代表取締役 B に内部統制システム構築義務違反があるとして、Yに対して不法行為に基づく損害賠償請求(350 条)をしたという事案。

【まとめ】 取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務執行取締役として、リスク管理体制を構築すべき義務を負い、さらに、代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか否かを監視すべき義務を負うのであり、これもまた、取締役としての善管注意義務(330 条)及び忠実義務(355 条)の内容をなすものと解する。本件についてみると、Yは、①職務分掌規程等を定めて事業部門と財務部門を分離し、②G事業部について、営業部とは別に注文書や検収書の形式面の確認を担当する BM 課及びソフトの稼働確認を担当する CR 部を設置し、それらのチェックを経て経理部に売上報告がされる体制を整え、③監査法人との間で監査契約を締結し、当該監査法人及びYの財務部が、それぞれ定期的に、販売会社あてに売掛金残高確認書の用紙を郵送し、その変装を受ける方法で売掛金残高を確認することとしていたのであるから、Yは、通常想定される架空の売上げの計上等の不正行為を防止しうる程度の管理体制は整えていたものということができる。また、本件以前に同様の手法による不正行為が行われていたことがあったなど、Yの代表取締役である B において本件不正行為の発生を予見すべきであった特別な事情もない。さらに、売掛金債権の回収遅延につき A らが挙げていた理由は合理的なもので、販売会社との間で過去に紛争が生じたことがなく、監査法人もYの財務諸表につき適正であるとの意見を表明していたというのであるから、財務部が、A らによる巧妙な偽装工作の結果、販売会社から適正な売掛金残高確認書を受領しているものと認識し、直接販売会社に売掛金債権の存在等を確認しなかったとしても、財務部におけるリスク管理体制が機能していなかったということはできない。以上より、Yの代表取締役である B に、A らによる本件不正行為を防止するためのリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるということはできない。

  • 会社法は、指名委員会等設置会社および監査等委員会設置会社(以下、委員会型会社)と大会社である監査役設置会社について、内部統制システムに関する取締役会決議を義務付けている。⇒ 監査役設置会社が内部統制システムの内容を定める場合には、取締役会非設置会社であればその決議によって決することが必要であり(会社法 348 条 3 項 4 号、362 条 4 項 6 号)、大会社に当たる場合には、これらの決定が義務付けられる(会社法 348 条 4 項、362 条 5 項)。また、委員会型の場合には、大会社であると否とを問わず、内部統制システムの内容を決議することが取締役会の義務とされている(会社法 399 条の 13 第 1 項 1 号ロ・ハ、同条 2 項、416 条1 項 1 号ロ・ホ、同条 2 項)。いずれの場合も主な決定内容は、①コンプライアンス体制を含むリスク管理体制(会社規則  98条 1 項、100 条 1 項、110 条の 4 第 2 項、112 条 2 項)の整備と、②監査役ないし監査等委員による監査の実効性を確保するための体制(会社法 416 条 1 項 1 号ロ、会社規則 98 条 4項、100 条 3 項、110 の 4 第 1 項、112 条 1 項)の整備の2つ。決定の内容と内部統制システムの運用状況の概要は、事業報告を通じて開示され(会社規則 118条 2 号)、内容の相当性が監査役や監査等委員の監査対象となる(会社規則 129 条 1 項 5 号、130 条の 2 第 1 項 2 号、131 条 1 項 2 号)。したがって、相当性のある決議をすることが取締役の善管注意義務の内容となるが、決議があっても実際のシステム構築や運用に問題があれば責任が生じる。他方で、決議がなくともシステムの構築および運用に問題がなければ注意義務違反と損害との因果関係は認められないと考えられることから、決議義務それ自体が直ちに取締役の責任と結びつくわけではない。ただし、予め決議を要求しておくことは、多種多様な内部統制システムの構築手段がある中で、システムの構築義務違反を認定しやすくなるといった機能を持つ。
  • 任務懈怠との関係;内部統制システム構築義務を問題とせず、単に取締役の監視義務違反のみで責任を追及しようとした場合には、直接的な監視が期待できない場所での、しかも日頃取締役と接触のない従業員の不祥事については、取締役の責任を追及することが難しくなる。それに対して、内部統制システム構築義務違反を問題とすれば、不祥事の未然防止や、早期発見・早期是正のシステムが構築されなかった点に、責任の根拠を見出すことが可能となる。①取締役が適切な内部統制システムを構築・改善していなかったという事実(体制整備義務違反)と、②構築された内部統制システムの中で、個々の取締役がそれを機能させるべき職務を怠ったという事実(運用義務違反)を分けて検討すること。
  • 信頼の原則との関係

 

Law Practice38 内部統制構築義務

1 X としては、A 社代表取締役 Y が「その任務を怠った」(423 条 1 項)といえる必要がある。X は Y が A 社の内部統制構築義務に違反、すなわち、取締役の会社に対する善管注意義務違反(330 条、民法 644条)が認められ、よって任務懈怠があると主張する。

2(1) 取締役の内部統制構築義務は善管注意義務の内容をなす。具体的には、①取締役が適切な内部統制システムを構築していなかったという体制整備義務と②構築されたシステムの中で取締役がそれを機能させるべき職務を怠ったという運用義務がある。①体制整備義務については、構築すべき最小限のシステムを前提としてその具体的な手段の選択とそれをどこまで充実させるかは取締役の裁量が働く、すなわち、経営判断の原則が妥当する。また②運用義務については、信頼の原則が妥当する。

(2) 本件において、Y は事業部門と経理部門を分離し、B 事業部についての受注処理を行って検収書を作成し、最終的に財務部に対し売上報告を行う C 課と取引先に赴き最終的な検収を行う D 課が設けられていた。また財務部と監査法人は定期的に取引先に書類を送付して売掛金の残高を確認していた。そうすると、Y は通常予想される架空売上の計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制を整備していた、すなわち、取締役が適切な内部統制システムを構築していえる(①)。また本件以前に同様の手法による不正行為が行われたことがあったなど、Yにおいて本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別の事情もない。さらに B 事業部の部長らが取引先から売掛金残高確認書を回収し、確認があったように偽造して財務部または監査法人にこれを返送していた。また当該部長は正規案件の入金を架空の売掛債権に対する入金として処理する明細を財務部に提出するなどの偽造工作もしていた。そうすると、財務部がこれら偽装工作の結果、取引先から適正な売掛金残高確認書を受領しているものと認識し、直接取引先に売掛金債権の存在等を確認しなかったとしても、財務部におけるリスク管理体制が機能していなかったということはできない。そのため、Y が構築されたシステムの中でそれを機能させるべき職務を怠ったとはいえない(②)。

(3) したがって、Y の内部統制構築義務違反は認められず、Y が「その任務を怠った」とはいえない。

3 よって、X の請求は認められない。

 

百選起案 憲法(7版) 33~52

 

百選33 良心の自由と謝罪広告の強制

1 意見の要旨

 裁判所が、「1952年10月の衆議院議員総選挙の際にA党公認候補として徳島県から立候補し、選挙運動中に政見放送や新聞紙を通じて、候補者Xが副知事在職中に斡旋収賄を行った旨を公表した」行為につき名誉棄損が成立するとして、Yに対して、名誉回復のための措置として謝罪広告の掲載等を請求し、民法723条に基づき、「右放送及び記事は真実に相違して居り、貴下の名誉を傷けご迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します」との文面の謝罪広告をY名義で新聞紙上に掲載することを命じたことは、憲法19条に反するものではないが、憲法21条1項に反するものである。

2 憲法19条違反の検討

(1) 憲法19条は、思想・良心の自由を保障している。これは内心にとどまる限り絶対的に保障されるべきものであるから、公権力が特定の思想を持つよう強制することは許されない。そして、同条の下、その者の有するものとは異なる「思想」・「良心」と密接に関連する外部的行為を強制する行為は、思想・良心の自由に対する制約と評価すべきである。 ※ 告白の強制が問題となった事案とされているが違うのではないかと思う。 ※ 「かかる内心に反する外部的行為を強制するにすぎない場合であっても、①特定の歴史観・世界観を否定することと不可分に結びつき、それ自体を否定するものである場合は、そのような行為の強制は絶対に禁止とすべきであるし、②特定の思想の賛否の表明として外部から認識されるような行為を強制することは、特定の思想を持つことの強制、特定の思想を持つことの禁止、ないしは特定の思想の有無について告白を強制するものと同視できるから、絶対に許されないものと考えるべきである」とここでもいえる場合はあるか?

(2) そして、「思想」・「良心」とは、世界観・人生観などの個人の人格形成に関連のある内面的な精神作用であると限定的に解すべきであり、事物の是非、善悪の判断等は含まれないと解すべきであるところ、本件で裁判所がYに対してした謝罪広告内容は、「右放送及び記事は真実に相違して居り、貴下の名誉を傷けご迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します」という、単に事実の真相を告白し、陳謝の意を表するに止まるものであるから、Yの有するのとは異なる思想・良心に基づく外部的行為の強制にはならない。

(3) よって、裁判所の本件命令は、憲法19条にも反さず合憲である。

3 憲法21条違反の検討

(1) 前提

 憲法21条1項は、「表現の自由」として、自らの意見を表明し、或いは事実を報道するといった積極的な表現の自由だけでなく、自らの有するものとは異なる意見を表明することを強制されないといった消極的な自由(以下、前者を単に「表現の自由」、後者を「消極的表現の自由」とする)をも保障している。

 そこで、以下、①YがXに関する事実を公表した行為に対して謝罪広告を強制したことがYの有する表現の自由を侵害しないか、②謝罪広告を強制したことそれ自体、Yの消極的表現の自由を侵害していないかについて検討する。

(2) ① 表現の自由

ア 「表現」は、自己の人格を形成・発展させ、民主政の過程に関与するという、自己実現・自己統治の価値を有するものであるところ、事実を公表する行為も、これらの価値を有しうるものであるから、同条項によって保障される(博多駅フィルム事件)。そして、このことは、たとえ公表された事実が真実に反するであっても、また、公表するものがそれにつき悪意であっても異なることはないというべきである。 ※ 令和元年司法試験参照

 よって、Yの、衆議院総選挙候補者Xに関する事実を公表した本件の行為は、同条項によって保障される。 

イ それにもかかわらず、Yのこの行為につき名誉棄損が成立するとしたうえで、その謝罪広告を強制することで、Yの表現の自由に対して制約を与えている。

 もっとも、制約の対象となった表現が、「他人の行為に関して無根の事実を公表し、その名誉を毀損する」ものであるのであれば、それは、「表現の自由の乱用」にあたる。このような場合には、「名誉を棄損」された者の名誉を回復するべく、「名誉を棄損」した者が、国家により名誉回復のために必要な行為を強制されること(「名誉を棄損」した者の表現の自由が制約されること)も、やむを得ないものというべきであるところ、Yの行為は、まさにこれに当たる。

ウ よって、このようなYの行為に対して、裁判所が謝罪広告を命じたとしても、それは、表現の自由を侵害するものとはいえない。

(2) ② 消極的表現の自由

ア 上記の通り、憲法21条1項は、消極的表現の自由をも保障している。

イ その制約の有無は、意に沿わない意見表明がその者自身の「表現」であると表現の受け手側に認識され得るものか否かで判断すべきである。この場合、19条にいう「思想・良心」とは異なり、「表現」は、本件のような、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる程度の物も含まれるものと解すべきである。表現の自由は、上記の通り、自己の人格を形成・発展させ、民主政の過程に関与するという、自己実現・自己統治の価値を有するものであるところ、この程度の意見表明であっても、ひいては、この価値を有しうるからである。

 そして、このような「表現」を、Y名義で新聞に掲載させることは、それを見る者に、記載された「表現」はYの「表現」であるのだと認識させることになる。

ウ よって、裁判所による本件の謝罪広告の強制は、Yの消極的表現の自由を侵害するものであり、違憲である。

4 結論

 よって、裁判所が本件のような謝罪広告を強制したことは、憲法19条に反するものではないが、憲法21条1項に反するものであるといえる。

 

百選34 内申書の記載内容と生徒の思想・良心の事由

1 意見の要旨

 YによるXに関する内申書の記載行為は、憲法19条に反しない。

2 権利保障

 憲法19条は、思想・良心の自由を保障している。

 そして、ここでいう思想・良心とは、世界観・人生観などの個人の人格形成に関連のある内面的な精神作用と限定的に解すべきである。

3 侵害の有無

 この自由は、内心にとどまる限り絶対的なものであるから、①公権力が特定の思想を個人に強制、禁止したり、②特定の思想を有することを理由にその者を不利益に取扱ったり、③その者の内心の思想の告白強制したり、三者にその者の思想を開示・公表した場合には、それは、直ちに違憲となる。

 他方、外部的行為を伴った場合は制約が許容されうるものである。具体的には、①’公権力が特定の思想と密接に関連する外部的行為を強制、禁止し、或いは、②’特定の思想と密接に関連する外部的行為をしたことを理由にその者を不利益に扱い、若しくは、③’そのことを開示・公表した場合等の、制約がありうる。

 本件においては、内申書に、Xがデモに参加したことや、学内で全共闘を名乗ったこと、機関紙「砦」を発行したことが記載されているところ、このような記載を内申書にしたとしても、①Xに特定の思想を有することを強制することにも、禁止することにもならない。また、本件では、②「Xの思想、信条自体を高等学校の入学選抜の資料に供し」、不利益に扱っ「たものとは到底解することができない」のであるし、③本件内申書の記載は「Xの思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかであ」り、これを第三者に提出したとしてもXの思想を第三者に開示・公表することにはならない。よって、本件内申書の記載行為が、直ちに違憲であるということにはならない。

 また、「右の記載の意かかる外部的行為」はXの思想と密接に関連するものであるとはいえず、これ「によってはXの思想、信条を了知し」得ないものである以上、①’②’③’のような場合にも当たらない。

 それゆえ、本件の内申書の記載行為は、Xの思想・良心の自由を制約するものでもない。

4 結論

 よって、Yによる本件内申書の記載行為は、Xの思想・良心の自由を侵害するものではなく、合憲である。

  • もっとも、Xの外部的行為は思想と密接に関連するものであり、Xの思想を推知しうるものと考えるのが素直である。そのため、結論をガラッと変えてもいいのではないか。

 

百選35 使用者による労働者の政党所属調査と思想の自由

1 意見の要旨

 Y1が、Y2をして、Xに対して共産党員かどうかの申告を求め、そうでない旨の回答を得るやその旨を記載した書面を提出するよう執拗に要求した行為は、直接、憲法19条に反するということはない。また、不法行為に該当するということもできない。

2 憲法19条と不法行為の諸規定との関係

 憲法19条の規定は、「国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。」しかし、「私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるとき」には、「私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、」その「適切な調整を図る」べきである。具体的には、私人による思想・良心の自由侵害があった場合には、それは、不法行為上違法を帯び、不方向責任の追及が可能となるものと解すべきである。

3 具体的検討

 憲法19条は、思想良心の自由を保障している。そして、ここでいう思想・良心とは、世界観・人生観などの個人の人格形成に関連のある内面的な精神作用と限定的に解すべきである。

 YがXに対し尋ねたのは、共産党員であるか否かであるのであるところ、政党所属はその者の主義主張、信条等を推知しうるものであるから、このような事項を質問することは、それ自体、Xの思想・良心に迫りうるものであるといえ、Xの思想・良心の自由に対する制約があるといえる。

 もっとも、「本件話合いは企業秘密の漏えいという企業秩序違反行為の調査をするために行われたことが明らかであるから、Y2が本件話合いを持つに至ったことの必要性、合理性は、これを肯認することができる。」また、「Y2は、本件話合いの比較的冒頭の段階で、Xに対し本件質問をしたのであるが、右調査目的との関連性を明らかにしないで、Xに対して共産党員であるか否かを尋ねたことは、調査の方法として、その相当性に欠ける面があるものの、前記赤旗の記事の取材源ではないかと疑われていたXに対し、共産党との係わりの有無を尋ねることには、その必要性、合理性を肯認することができないわけではなく、また、本件質問の態様は、返答を強要するものではなかったというのであるから、本件質問は、社会的に許容し得る限界を超えてXの精神的自由を侵害した違法行為であるとはいえない。」「さらに、…企業内においても労働者の思想、信条等の精神的自由は十分尊重されるべきであることにかんがみると、Y2が、本件書面交付の要求と右調査目的との関連性を明らかにしないで、右要求を繰り返したことは、このような調査に当たる者として慎重な配慮を欠いたものというべきであり、調査方法として不相当な面があるといわざるを得ない」が、「本件書面交付の要求は、Xが共産党員ではない旨の返答をしたことから、Yがその旨を書面にするように説得するに至ったものであり、右要求は強要にわたるものではなく、また、本件話合いの中で、Y2が、Xに対し、Xが本件書面交付の要求を拒否することによって不利益な取扱いを受ける虞のあることを示唆したり、右要求に応じることによって有利な取扱いを受け得る旨の発言をした事実はなく、さらに、Xは右要求を拒否した、というのであって」、Yがした「本件書面交付の要求は、…Xの精神的自由を侵害した違法行為であるということはできない。」

5 結論

 よって、Yによる上記行為は、憲法19条に反するということはない。また、不法行為に該当するということもできない。

 

百選36 南九州税理士会政治献金事件

1 意見の要旨

 本件の、Yによる政治献金は、Yの「目的の範囲」外の行為であるから、これを徴収する旨決定した決議は無効であり、よって、これを納付しなかったことを以てされた、YのXに対する役員選挙における選挙権及び被選挙権の停止した措置も無効である。

2 法人の人権享有主体性及び税理士会による政治献金の自由について

 法人は社会に不可欠な構成要素として自然人とともに社会的実在として扱われるものであるから、法人にも権利の性質上可能な限りの人権の享有主体性が認められるものと解すべきである。

 そして、政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であることに鑑みれば、政党への政治献金により、政党の健全な発展に協力することは、法人についても社会的実体として当然に期待される行為であるといえるため、憲法21条1項によって政治的表現行為の一環として保障されるべき政治献金の自由は、権利の性質上、法人にも認められるものであるといえる。

3 政治献金税理士会の「目的の範囲」の行為といえるかについて

 もっとも、税理士会は公的な性質を有する法人であり、強制加入団体であるため構成員には実質的に脱退の自由が認められていない。また、会の性質上、様々な思想・信条を有する者が存在することが当然予定されている。以上のことなどからすると、税理士会は会社とは法的性質を異にし、保障される憲法上の権利についても会社と同一に論じることはできず、特に会員の思想・信条との関係での考慮が不可欠となる。

 そして、いかなる政党や政策を支持するかは、あくまで各個人が自主的に決定すべき事柄であるので、これに会員の協力を強制することは許されないというべきである。

 そうすると、税理士会が、政治献金をするか否かを多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり、政治献金行為は行政書士会の「目的の範囲」として法の予定していないところである。

4 結論

 よって、特別会費の徴収の決定は無効であり、Xは特別会費の納入義務を負っていなかったというのであるから、納入義務を負っていたことを前提とする、役員選挙の選挙権及び被選挙権の停止措置は無効である。

 

百選37 「君が代」起立・清祥の職務命令と思想・良心の自由

1 意見の要旨

 Y公立高校が、校長をしてXになした、卒業式において国歌斉唱の際に起立して斉唱するようを命ずる職務命令は、憲法19条に反するものではない。

2 19条の趣旨

 憲法19条は、思想・良心の自由を保障している。そうであれば、かかる内心に反する外部的行為を強制するにすぎない場合であっても、①特定の歴史観・世界観を否定することと不可分に結びつき、それ自体を否定するものである場合は、そのような行為の強制は絶対に禁止とすべきであるし、②特定の思想の賛否の表明として外部から認識されるような行為を強制することは、特定の思想を持つことの強制、特定の思想を持つことの禁止、ないしは特定の思想の有無について告白を強制するものと同視できるから、絶対に許されないものと考えるべきである。

 他方、そうでない場合は、その行為は直ちに憲法19条に反するものではないというべきであるが、ただ、その行為を強制することが、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなる場合には、その者の思想及び良心の自由が間接的に制約されているということになる。

3 具体的検討

(1)  そもそも、思想・良心とは、世界観・人生観などの、個人の人格形成に関連のある、「信条」ともいえるものと限定的に解すべきであるところ、「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わるXの歴史観ないし世界観自体は、思想良心の自由として憲法19条の保障の下にあると解すべきである。

(2) もっとも、本件職務命令当時、公立高等学校における卒業式等の式典において、国旗の「日の丸」の掲揚及び国歌としての「君が代」の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であって、学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌育唱の際の起立育唱行為は、一般的、客観的に見て、これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり、かつ、そのような所作として外部からも認識されるものというべきである(性質)。そうすると、上記の起立斉唱行為は、Xの有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず、Xに対して上記の起立斉唱行為を求める本件職務命令は、上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。

 また、上記の起立育唱行為は、その外部からの認識という点から見ても、特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難である(周囲の認識)。そうすると、殊に、職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には(周囲の認識+α)、本件職務命舎は、特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものとも、特定の思想の有無について告白することを強要するものともいうことはできない。

 そうすると、本件職務命令は、これらの観点において、個人の思想及び良心の自由を直ちに侵害するものと認めることはできない。

(2) 他方、起立斉唱行為は、教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって、一般的、客観的にみても、国旗及び国に対する敬意の表明の要素を含む行為である。そうすると、自らの歴史観ないし世界視との関係で否定的な評価の対像となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が、これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは、その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなり、その限りにおいて、その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。

 では、これは正当化されるか。個人の歴史視ないし世界観には多種多様なものがありうるのであり、それが内心にとどまらず、それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ、当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ、その制限が必要かつ合理的なものである場合には、その制眼を介して生ずる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。そして、職務命令においてある行為を求められることが、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなり、その限りにおいて、当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも、職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され、また、上記の制限を介して生ずる制約の態様等も、職務命合の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。したがって、このような間接的な制約が許容されるか否かは、職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較最して、当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

 これを本件についてみると、本件職務命合に係る超立斉唱行為は、上記のとおり、Xの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むものであることから、そのような敬意の表明にはし難いと考えるXにとって、その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為となるものである。この点に照らすと、本件職務命令は、一般的、客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり、それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で、その限りでXの「思想及び良心の自由」についての間接的な制約となる面があるものということができる。

 他方、学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては、生徒等への配値を含め、教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。法令等においても、学校教育法は、高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ、高等学校学習指導要領も、学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を定めているところであり、また、国旗及び国歌に関する法律は、従来の慣習を法文化して、国旗は日章旗(「日の丸」)とし、国家は「君が代」とする旨を定めている。そして、住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(15条2項)に鑑み、公立高等学校の教論であるXは、法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあるところ、地方公務員法に基づき、高等学校学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した通速を踏まえて、その勤務する当該学校の校長から学校行事である卒業式に関して本件職務命令を受けたものである。これらの点に照らすと、本件職務命令は、公立高等学校の教論であるXに対して当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするものであって、高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義、在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い、かつ、地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で、生徒等への配慮を含め、教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるから、本件職務命令についでは、上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められる。

4 結論

 以上より、本件職務命令は、Xの「思想及び良心の自由」を侵害するものではなく、不起立行為が職務命令違反等にあたることを理由に非常勤の嘱託員等の採用選考においてXを不合格としたことも「違法」ではない。

 

A7 ビラ張と表現の自由

1 意見の要旨

 「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札を……した者」を刑事罰の対象とする軽犯罪法1条22号前段は、憲法21条1項に反するものではない。

2 権利保障

 憲法21条1項は、表現の自由を保障している。そして、自らの意見を記したビラを貼ることや、集会の宣伝のためにビラを貼る行為は、表現活動として、同条項によって保障されるものと解すべきである。

3 制約

 同条号は、「国民の表現の自由の正当な行使であ…る本件のごときビラはり行為」を「一律に禁止」するものであり、憲法21条1項によって保障されるべき自由を制約していることは明らかである。

4 正当化

 このような、表現の自由を制約する立法については、正当な目的のもと、必要かつ合理的なものでなければならない。

 「軽犯罪法1条33号前段は、主として他人の家屋その他の工作物に関する財産権、管理権を保護するために、みだりにこれらの物にはり札をする行為を規制の対象としているものと解すべきところ、たとい思想を外部に発表するための手段であつても、その手段が他人の財産権、管理権を不当に害するごときものは、もとより許されないところであるといわなければならない。」

 以上より、この程度の規制は、「公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であつて、右法条を憲法21条1項に違反するものということはでき」ない。

5 結論

 よって、軽犯罪法1条33号前段は、憲法21条1項に反しない。

 

A8 公安条例と集団示威運動

(後程)

 

百選38 信教の自由と加持祈祷治療

1 意見の要旨

 Xが加持祈祷中にAを死なせてしまった行為につき、傷害致死罪の罪を成立させ、処罰することは、憲法20条1項に反さない。

2 権利保障・制約

 憲法20条1項は、信教の自由を保障しており、当然、信教に基づき宗教的行為をすることも保障しているものと考えられる。Xによる加持祈祷は、まさに宗教に基づく宗教的行為であるといえるため、同条項によって保障される。

 それにもかかわらず、本件においては、Yが、同条項によって保障される加持祈祷という行為の結果、Aを死なせてしまったことを以て、Yを起訴・処罰しているところ、これは、Yの有する信教の自由に対する制約であるといえる。

3 正当化

 確かに、憲法20条1項が保障する「信教の自由が基本的人権の一として極めて重要なものであることはいうまでもない」が、「およそ基本的人権は、国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うべきことは憲法12条の定めるところであり、また同13条は、基本的人権は、公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする旨を定めており、これら憲法の規定は、決して所論のような教訓的規定というべきものではなく、従って、信教の自由の保障も絶対無制限のものではない」。

 「これを本件についてみるに、…Xの本件行為は、被害者Aの精神異常平癒を祈願するため、線香護摩による加持祈藤の行としてなされたものであるが、Xの右加持祈藤行為の動機、手段、方法およびそれによって右Aの生命を奪うに至った暴行の程度等は、医療上一般に承認された精神異常者に対する治療行為とは到底認め得ないというのである。しからば、Xの本件行為は、…一種の宗教行為としてなされたものであったとしても、それが」前記の通り「他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当るものであり、これにより被害者を死に致したものである以上、Xの右行為が著しく反社会的なものであることは否定し得ないところであって、憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかはな」い。

4 結論

 よって、これを刑法205条に該当するものとして処罰したことは、憲法20条1項に反するものではない。

 

百選39 オウム真理教解散命令事件

1 意見の要旨

 宗教法人の解散命令について定めた宗教法人法の規定(法81条)及び本件解散命令は、憲法21条1項に反するものではない。

2 権利保障

 憲法20条1項は、信教の自由について保障しているところ、当然、宗教的行為をすることも保障しているものと解される。そして、この保障は、当然宗教法人Xの信者らにも及ぶ。

3 制約

 解散命令によっては、宗教法人の財産的基盤が失われ、よって、宗教法人に所属している信者らが行っていた宗教上の行為を継続するのに何らかの支障を生ずることは否定できない。それゆえ、宗教法人法の解散命令について定めた規定は、その信者の宗教的行為の自由を間接的に制約するものであるといえる。

 また、本件解散命令によっても、同様、Xの信者らには、このような間接的な制約が及ぶものである。

3 正当化

 もっとも、内心における信仰の自由の保障は絶対的であるが、信仰が、内心の領域にとどまらず、宗教的行為という外部的行為の領域に及ぶときは、その行為が「公共の福祉」により、制約を受けることは、憲法の容認するところである(12条、13条)。ただ、その制約は、信教の自由の重要性に鑑み、最小限のものでなければならない。

 具体的には、①当該制約を課すことによって達成しようとする目的の必要性・合理性と、宗教上の行為に生ずる支障の程度との比較較量し、②より制限的でない他の選び得る手段の有無、③手続の適正の確保等を慎重に吟味しなければならない。

4 具体的検討

(1) まず、宗教法人の解散命令の制度は、専ら世俗的目的によるものであって、一般に、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではないものであるから、その制度の目的は、必要・合理的であるといえる。

 また、本件解散命令の目的についても同様である。

(2) 他方、解散命令は、本件のような、大量殺人を目的として毒ガスであるサリンを生成するという(法令に違反する)、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる宗教団体の目的を著しく逸脱する行為を行ったXのような法人に対してなされることが想定されている。また、その場合、解散命令によって宗教団体やその信者らが行う宗教上の行為への支障は、間接的で事実上のものにとどまり、その信者らの精神的・宗教的側面に及ぼす影響を考慮しても、必要でやむを得ない法的規制であるといえる。

 また、本件解散命令自体についても、同様のことがいえる。

(3) しかも、解散命令は、裁判所の司法審査によって発せられるものであるから、その手続の適正も担保されている。実際、本件においても、この手続が履践されている。

5 結論

 以上に鑑みれば、宗教法人法の解散命令について定めた規定及び本件解散命令は、憲法20条1項に反するものとは言えないというべきである。

 

百選40 牧会活動事件

1 意見の要旨

 牧師であるXが、罪を犯した少年らを、自首させるまでの間教会にかくまったことは、正当業務行為にあたり、犯人隠匿罪には該当しない。

2 権利

 憲法20条1項は、信教の自由を保障している。

 そして、一般にキリスト教における牧師の職は、ある宗教団体(教会等)からの委任に基き、日常反覆かつ継続的に、福音を述べ伝えること即ち伝道をなし、聖餐の儀式をとり行なうこと即ち礼拝を行ない、又、個人の人格に関する活動所謂「魂への配慮」等をとおして社会に奉仕すること即ち牧会を行ない、その他教会の諸雑務を預かり行なうことにある。そのうち牧会とは、牧師が自己に託された羊の群(キリスト教では個々の人間を羊に喩える)を養い育てるとの意味である。そこで、牧師は、中に迷える羊が出れば何を措いても彼に対する魂への配慮をなさねばならぬ。即ちその人が人間として成長して行くようにその人を具体的に配慮せねばならない。それは牧師の神に対する義務即ち宗教上の職責である。従って、牧会活動は、形式的には宗教の職にある牧師の職の内容をなすものであるところ、実質的には日本国憲法20条1項の「信教の自由」のうち、礼拝の自由にいう、礼拝の一内容をなすものであるから、宗教行為として、保障されるものでる。

 Xが罪を犯した少年らをかくまった行為は、牧師の業務の一環である牧会活動に該当するものであったことは明らかであるから、これは、同条項によって保障される。

3 制約

 それにもかかわらず、そのようなXの牧会活動のゆえんをもって、Xは犯人隠匿罪の罪で起訴されている。

4 正当化

 確かに、内面的な信仰と異なり、外面的行為である牧会活動が、その違いの故に公共の福祉による制約を受ける場合のあることはいうまでもない。もっとも、その制約が、結果的に行為の実体である内面的信仰の自由を事実上侵すおそれが多分にあるので、その制約をする場合は最大限に慎重な配慮を必要とする。

 そこで、Xの行為が犯人隠匿罪の構成要件に該当するとしても、業務そのものが正当であり、かつ、行為そのものが正当な範囲に属する相当なものであった場合には、違法性が阻却され、Xの行為は正当化されるものと解さなければならない。

 そして、牧会活動は、もともとあまねくキリスト教教師(牧師)の職として公認されているところであり、かつその目的は個人の魂への配慮を通じて社会へ奉仕することにあるのであるから、それ自体は公共の福祉に沿うもので、業務そのものの正当性に疑を差しはさむ余地はない。

 また、・・・(総合考慮の結果)・・・Xの本件牧会活動は手段方法においても相当であったのであり、むしろ両少年に対する宗教家としての献身は称賛されるべきものであった。

 以上を綜合して、Xの本件所為を判断するとき、それは全体として法秩序の理念に反するところがなく、正当な業務行為として認められなければならない。

5 結論

 よって、Xには、犯人隠匿罪には該当しない。

 

百選41 宗教上の理由に基づく「剣道」の不受講

1 意見の要旨

 神戸高専が、宗教上の理由から剣道を拒否していたXを、退学処分としたことは、裁量を逸脱・濫用(行訴法30条)したものとして違法である。

2 権利保障

 憲法20条1項は、信教の自由を保障している。

3 制約 ※ 世俗的(非宗教的)な規制が、宗教・非宗教を問わず一律に及び、その結果ある宗教の信者に対しとりわけ重い負担を課す場合には、信教の自由に対する間接的・付随的制約となる。

 神戸高専では、道実技への参加を拒否し続ければ原級留置処分及び退学処分という重い負担が課されるという運用がなされているところ、これは宗教・非宗教を問わず、一律に及ぶものである。しかし、剣道実技への参加は、上記重い負担を避けるために、事実上、自己の信仰上の数義に反する行動を採ることを余儀なくさせられるという性質を有するものだったのであるから、信仰の自由に対する間接的・付随的制約となるとみることができる。

4 正当化

(1) 上記のとおり、Xの「信教の自由」に対する制約は間接的・付随的な制約にとどまるものであるし、高等専門学校の校長が学生に対し原級留置処分又は退学処分を行うかどうかの判断は、校長の合理的な教育的裁量にゆだねられるべきものである。そこで、校長の裁量権の行使としての処分が、全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠き裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである。

 しかし、他方で、退学処分は学生の身分をはく奪する重大な措置であり、学校牧育法施行規則13条3項も4個の退学事由を限定的に定めていることからすると、当該学生を学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきであり、その要件の認定につき他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要するものである。

  • また、その学生に与える不利益の大きさに照らして、原級留置処分の決定にあたっても、同様に慎重な配慮が要求されるものというべきである。

(2) 高等専門学校においては、剣道実技の履修が必須のものとまではいい難く、休育科目による教育目的の達成は、他の体育種目の履修などの代替的方法によってこれを行うことも性質上可能である。

 他方、Xが剣道実技への参加を拒否する理由は、Xの信仰の核心部分と密援に関連する真撃なものであったのであった。しかも、本件各処分は、Xの信教の自由を直接的に制約するものとはいえないが、これが退学処分等を予定しているというのであれば、Xはそれらによる重大な不利益を避けるためには剣道実技の履修という自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられる。このようは重大な不利益は、Xが自らの自由意思により、必修である体育科目の種目として剣道の授業を採用している学校を選択したことを理由に、当然に許容されることになるものでもない。

 以上に鑑みると、Yの採った措置が、信仰の自由や宗教的行為に対する制約を特に目的とするものではなく、数育内容の設定及びその履修に関する評価方法についでの一般的な定めに従ったものであるとしても、高専は、上記裁最権の行使にあたり、当然そのことに相応の考慮を払う必要があった。具体的には、本件各処分に至るまでに何らかの代替措置を採ることの是非、その方法、態様等について十分に考慮するべきであったということができる。そして、他の学生に不公平感を生じさせないような適切な方法、態様による代替措置を探ることは可能であると考えられるうえ、履修拒否が信仰上の理由に基づくものかどうかは外形的事情の調査によって容易に明らかになるであろうし、信仰上の理由に仮託して履修拒否をしようという者が多数に上るとも考え難い以上、代替措置を探ることによって、政教分離原則に反することになるとか、神戸高専における教育秩序を維持することができなくなるとか、学校全体の運営に看過することができない重大な支障を生ずるおそれがあったとは認められないにもかかわらず、本件においてそれがされていたとは到底いうことができない。

  なお、念のため、代替措置をとることが政教分離原則に反することにならないかについて検討するに、「宗教的活動」とは、①当該行為の目的が宗教的意義をもち、②その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫干渉第になるような行為をいうところ、代替措置を採ることは、そもそも、その目的において宗教的意義を有するものとは言えないのであるし、また、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を有するものということはできず、他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を加える効果があるともいえないのであって、その方法、態様のいかんを問わず、20条3項に違反するとはいえないというべきである。

 また、そもそも、公立学校において、学生が信仰を理由に剣道実技の履修を拒否する場合に、学校が、その理由の当否を判断するため、単なる怠学のための口実であるか、当事者の説明する宗教上の信条と履修拒否との合理的関連性が認められるかどうかを確認する程度の調査をすること自体も、「宗教的活動」には当たらないものと解すべきであるのは明らかであり、また、そのような調査がXの信教の自由に反するものとも言えない。

(3) よって、信仰上の理由による剣道実技の履修拒否を、正当な理由のない履修拒否と区別することなく、代替措置が不可能というわけでもないのに、代替措置について何ら検討することもなく、原級留置処分をし、さらに、不認定の主たる理由及び全体成績について勘案することなく、2年続けて原級留置となったため退学処分をしたというYの措置は、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その結果社会観念上著しく妥当を欠く処分をしたものと評するほかはない。

5 結論

 よって、高専による本件処分は、裁量権の範囲を超える違法なものである。

 

百選42 津地鎮祭事件

1 意見の要旨

 津市が地鎮祭を行い、7663円支出した行為は、憲法20条3項により禁止される「宗教的活動」には当たらない。また、20条1項にいう「特権」の付与にも当たらないし、89条が禁止する公金の支出にも当たらない。 地鎮祭を行ったこと=「宗教的活動」、「宗教団体」に公金を支出したこと=「特権」付与、公金支(89条)出に該当する疑い。以下、検討、という流れ。

2 憲法20条1項、3項及び89条の趣旨

 憲法20条は、いわゆる政教分離の原則を採用しており、その観点から、同条3項は、国家の側による「宗教的活動」を禁止している。また、1項は、「宗教団体」への「特権」の付与を禁止し、併せて、憲法89条は政教分離原則を財政的側面から確保するために、「宗教上の組織若しくは団体」に対する公金の支出を禁止することとしている。

そして、かかる政教分離原則の趣旨は、「国家と信教との分離を制度として保障することにより」、国家の宗教的中立性を確保し、国家による宗教の弾圧等を防止することで、以て、「間接的に信教の自由の保障を確保」することにある。そうであれば、国家と宗教との関わり合いは完全に分離されることが望ましいため、国家の側によるあらゆる「宗教的活動」、「特権」の付与・公金の支出を禁止すべきとも思える。

 しかし、福祉国家社会において、それは事実上不可能であるばかりか、完全分離をつらぬけば、かえって宗教を阻害しかねない。そこで、20条3項にいう「宗教的活動」、1項にいう「特権」の付与、89条が禁止する公金支出とは、それぞれ、宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものに限られるものと解すべきである。具体的には、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為をいい、その判断は、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断するべきである。

3 具体的検討

 「憲法20条1項後段にいう『宗教団体』、憲法89条にいう『宗教上の組織若しくは団体』とは、…特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指す」ところ、地鎮祭を行った神社は、これに該当する。

 そして、確かに「本件起工式は、…建物の建築の着工にあたり、土地の平安堅固、工事の無事安全を祈願する儀式として行われたことが明らかであるが、その儀式の方式は、…専門の宗教家である神職が、所定の服装で、神社神道固有の祭式に則り、一定の祭場を設け一定の祭具を使用して行つたというのであり、また、これを主宰した神職自身も宗教的信仰心に基づいてこれを執行したものと考えられるから、それが宗教とかかわり合いをもつものであることは、否定することができない。」「しかしながら、古来建物等の建築の着工にあたり地鎮祭等の名のもとに行われてきた土地の平安堅固、工事の無事安全等を祈願する儀式、すなわち起工式は、土地の神を鎮め祭るという宗教的な起源をもつ儀式であつたが、時代の推移とともに、その宗教的な意義が次第に稀薄化してきていることは、疑いのないところである。一般に、建物等の建築の着工にあたり、工事の無事安全等を祈願する儀式を行うこと自体は、「祈る」という行為を含むものであるとしても、今日においては、もはや宗教的意義がほとんど認められなくなつた建築上の儀礼と化し、その儀式が、たとえ既存の宗教において定められた方式をかりて行われる場合でも、それが長年月にわたつて広く行われてきた方式の範囲を出ないものである限り、一般人の意識においては、起工式にさしたる宗教的意義を認めず、建築着工に際しての慣習化した社会的儀礼として、世俗的な行事と評価しているものと考えられる。」また、「本件起工式は、神社神道固有の祭祀儀礼に則つて行われたものであるが、かかる儀式は、国民一般の間にすでに長年月にわたり広く行われてきた方式の範囲を出ないものであるから、一般人及びこれを主催した津市の市長以下の関係者の意識においては、これを世俗的行事と評価し、これにさしたる宗教的意義を認めなかつたものと考えられる。」「また、現実の一般的な慣行としては、建築着工にあたり建築主の主催又は臨席のもとに本件のような儀式をとり入れた起工式を行うことは、特に工事の無事安全等を願う工事関係者にとつては、欠くことのできない行事とされているのであり、このことと前記のような一般人の意識に徴すれば、建築主が一般の慣習に従い起工式を行うのは、工事の円滑な進行をはかるため工事関係者の要請に応じ建築着工に際しての慣習化した社会的儀礼を行うという極めて世俗的な目的によるものであると考えられるのであつて、特段の事情のない本件起工式についても、主催者の津市の市長以下の関係者が右のような一般の建築主の目的と異なるものをもつていたとは認められない。」「元来、わが国においては、多くの国民は、地域社会の一員としては神道を、個人としては仏教を信仰するなどし、冠婚葬祭に際しても異なる宗教を使いわけてさしたる矛盾を感ずることがないというような宗教意識の雑居性が認められ、国民一般の宗教的関心度は必ずしも高いものとはいいがたい。他方、神社神道自体については、祭祀儀礼に専念し、他の宗教にみられる積極的な布教・伝道のような対外活動がほとんど行われることがないという特色がみられる。このような事情と前記のような起工式に対する一般人の意識に徴すれば、建築工事現場において、たとえ専門の宗教家である神職により神社神道固有の祭祀儀礼に則つて、起工式が行われたとしても、それが参列者及び一般人の宗教的関心を特に高めることとなるものとは考えられず、これにより神道を援助、助長、促進するような効果をもたらすことになるものとも認められない。そして、このことは、国家が主催して、私人と同様の立場で、本件のような儀式による起工式を行つた場合においても、異なるものではなく、そのために、国家と神社神道との間に特別に密接な関係が生じ、ひいては、神道が再び国教的な地位をえたり、あるいは信教の自由がおびやかされたりするような結果を招くものとは、とうてい考えられないのである。」

 以上の諸事情を総合的に考慮して判断すれば、本件起工式は、宗教とかかわり合いをもつものであることを否定しえないが、その目的は建築着工に際し土地の平安堅固、工事の無事安全を願い、社会の一般的慣習に従つた儀礼を行うという専ら世俗的なものと認められ、その効果は神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められない。

4 結論

 よって、津地鎮祭を行い、7663円を支出したことは、憲法20条3項により禁止される「宗教的活動」にはあたらないし、1項にいう「特権」の付与、89条が禁止する公金支出にも当たらないものと解するのが相当である。

 

百選43 信教の自由・政教分離の原則と自衛隊の合祀

1 意見の要旨

 自衛隊山口地方連絡部が、Xの夫につき合祀申請したことは、憲法20条3項により禁止される宗教的活動には当たらない。

 そして、本件合祀は県隊友会が自主的に行ったことであるから、これにより、Xの信教の自由若しくは静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益を侵害する結果、民法709条に基づく損害賠償請求が認められないかを検討すべきところ、本件合祀によってはXの上記自由ないし利益の侵害は認められないから、この請求は認められないというべきである。

2 20条3項違反の検討

(1) 20条3項の趣旨

 憲法20条は、いわゆる政教分離の原則を採用しており、その観点から、同条3項は、国家の側による「宗教的活動」を禁止している。そして、かかる政教分離原則の趣旨は、「国家と信教との分離を制度として保障することにより」、国家の宗教的中立性を確保し、国家による宗教の弾圧等を防止することで、以て、「間接的に信教の自由の保障を確保」することにある。そうであれば、国家と宗教との関わり合いは完全に分離されることが望ましいため、国家の側によるあらゆる「宗教的活動」を禁止すべきとも思える。

 しかし、福祉国家社会において、それは事実上不可能であるばかりか、完全分離をつらぬけば、かえって宗教を阻害しかねない。そこで、20条3項にいう「宗教的活動」、宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものに限られるものと解すべきである。具体的には、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為をいい、その判断は、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、その判断は諸般の事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断するべきである。

(2) 具体的検討

 「合祀は神社の自主的な判断に基づいて決められる事柄であ…つて、何人かが神社に対し合祀を求めることは、合祀のための必要な前提をなすものではなく、本件において県護国神社としては既に昭和四六年秋には殉職自衛隊員を合祀する方針を基本的に決定していた…。してみれば、本件合祀申請という行為は、殉職自衛隊員の氏名とその殉職の事実を県護国神社に対し明らかにし、合祀の希望を表明したものであつて、宗教とかかわり合いをもつ行為であるが、合祀の前提としての法的意味をもつものではない。そして、本件合祀申請に至る過程において県隊友会に協力してした地連職員の具体的行為は前記のとおりであるところ、その宗教とのかかわり合いは間接的であり、その意図、目的も、合祀実現により自衛隊員の社会的地位の向上と士気の高揚を図ることにあつたと推認されることは前記のとおりであるから、どちらかといえばその宗教的意識も希薄であつたといわなければならないのみならず、その行為の態様からして、国又はその機関として特定の宗教への関心を呼び起こし、あるいはこれを援助、助長、促進し、又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるような効果をもつものと一般人から評価される行為とは認め難い。したがつて、地連職員の行為が宗教とかかわり合いをもつものであることは否定できないが、これをもつて宗教的活動とまではいうことはできないものといわなければならない。」

(3) よって、自衛隊山口地方連絡部による合祀申請は、憲法20条3項に反しない。

3 県隊友会への709条に基づく損害賠償請求の可否

(1)  私人間で信教の自由の侵害があった場合に損害賠償請求をすることができるかについて

 これについては、私人相互間において憲法20条1項前段及び同条2項によって保障される信教の自由の侵害があり、その態様、程度が社会的に許容し得る限度を超えるときは、場合によっては、民法709条等の不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、法的保護が図られるべきである。具体的には、憲法上の権利ないし自由が侵害された場合には、民法709条にいう「侵害」の要件を満たす結果、不法行為に基づく損害賠償請求が可能になるのである。

(2) 権利保障

 憲法20条1項は、信教の自由について保障している。

 他方で、信教の自由の保障は、何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して、それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請している。したがって、宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益として認めることができないというべきである。このことは死去した配偶者の追慕、慰霊等に関する場合においても同様である。何人かをその信仰の対象とし、あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し、その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は、誰にでも保障されているからである。

 そこで、以下、Xの信教の自由が侵害されていたといえるかについて検討していく。

(3) 侵害

 本件「合祀は、まさしく信教の自由により保障されているところとして同神社が自由になし得るところであり、それ自体は何人の法的利益をも侵害するものではない。そして、」Xは、「県護国神社の宗教行事への参加を強制されたこと」はないというのである。

 「またその不参加により不利益を受けた事実、そのキリスト教信仰及びその信仰に基づき」Xが夫「を記念し追悼することに対し、禁止又は制限はもちろんのこと、圧迫又は干渉が加えられた事実」は存在していない。X「あてに発せられた永代命日祭斎行等に関する書面も」、X「の信仰に対し何ら干渉するものではない。してみれば、被上告人の法的利益は何ら侵害されていないというべきである。」

(4) 結論

 よって、Xの県隊友会に対する709条に基づく損害賠償請求も認められない。

  • 「人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によつて害されたとし、そのことに不快の感情を持ち、そのようなことがないよう望むことのあるのは、その心情として当然であるとしても、かかる宗教上の感情を被侵害利益として、直ちに損害賠償を請求し、又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば、かえつて相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ることは、見易いところである。

 

百選44 愛媛玉串料事件

1 意見の要旨

 愛媛県が、例大祭に際し玉串料として9回にわたり各5000円を、夏のみたま祭に際し献灯料として4回にわたり各1万円をそれぞれ県の公金から支出した行為は、憲法20条3項、20条1項、89条に照らし、許されない違法な財務会計上の行為に当たる(地方自治法242条の2第1項4号)。 ※ 百選には20条1項に触れている部分は引用されていないが、89条を論じる当然の前提として1項にも触れているのではないかと思われる。参列=「宗教的活動」、宗教団体への公金支出=「特権付与」及び89条禁止の支出に該当しないか、以下、検討。

2 憲法20条1項、3項及び89条の趣旨

 憲法20条は、いわゆる政教分離の原則を採用しており、その観点から、同条3項は、国家の側による「宗教的活動」を禁止している。

 また、1項は、国家の側が「宗教団体」へ「特権」を付与することを禁止し、併せて、憲法89条は国家の宗教的中立性の要請である政教分離原則を財政的側面から確保するために、「宗教上の組織若しくは団体」に対する公金の支出を禁止することとしている。

 そして、かかる政教分離原則の趣旨は、「国家と信教との分離を制度として保障することにより」、国家の宗教的中立性を確保し、国家による宗教の弾圧等を防止することで、以て、「間接的に信教の自由の保障を確保」することにある。そうであれば、国家と宗教との関わり合いは完全に分離されることが望ましいため、国家の側によるあらゆる、「宗教的活動」、宗教団体への「特権」の付与、公金の支出を禁止すべきとも思える。

 しかし、福祉国家社会において、それは事実上不可能であるばかりか、完全分離をつらぬけば、かえって宗教を阻害しかねない。そこで、20条3項にいう「宗教的活動」や、20条1項にいう「特権」の付与、及び、89条が禁止する公金の支出とは、宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものに限られるものと解すべきである。具体的には、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為をいい、その判断は、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、その判断は諸般の事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断するべきである。

3 具体的検討

 まず、「憲法20条1項後段にいう『宗教団体』、憲法89条にいう『宗教上の組織若しくは団体』とは、…特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指す」ところ、靖国神社は、神道を信仰し、活動する組織ないし団体であるから、「宗教団体」、「宗教上の組織若しくは団体」に該当する。

 そして、神社神道においては、祭祀を行うことがその中心的な宗教上の活動であるとされていること、例大祭及び慰霊大祭は、神道の祭式にのっとって行われる儀式を中心とする祭祀であり、各神社の挙行する恒例の祭祀中でも重要な意義を有するものと位置づけられていることは、公知の事実である。そして、玉串科は、例大祭又は慰霊大祭において右のような宗教上の儀式が執り行われるに際して神前に供えられるものであり、各神社が宗教的意義を有すると考えていることが明らかなものである。 +一般人の意識

 これらのことからすれば、特定の宗教団体の挙行する重要な宗教上の祭祀かかわり合いを持ったということが明らかであり、時代の推移によって既にその宗教的意義が希薄化し、慣習化した社会的儀礼にすぎないものになっているとまでは到底いうことができない

 また、県が他の宗教団体の挙行する同種の儀式に対して同様の支出をしたという事実がうかがわれないのであって、これらのことからすれば、一般人に対して、県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており、それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない

 以上の事実を総合的に考慮して判断すれば、県の行為は、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる県と靖国神社等のかかわり合い我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度超えるものである。

 よって、県による公金の支出は、憲法20条3項の禁止する「宗教的活動」に当たる。また、憲法20条1項の禁止する「特権」の付与に当たり、かつ、憲法89条の禁止する公金の支出に該当すると解するのが相当である。

4 結論

 よって、県による本件の公金の支出は、憲法20条3項に反するものであり、また、憲法20条1項、89条に照らし、許されない違法な財務会計上の行為に当たる(地方自治法242条の2第1項4号)。

 

百選45 即位の礼大嘗祭政教分離の原則

1 意見の要旨

 鹿児島県知事が、大嘗祭に参列したこと、そのための旅費を公金から支出したことは、憲法20条1項、3項に反しない。大嘗祭への参列=「宗教的活動」、「特権」の付与。裁判所は1項についても触れているので、参列それ自体を「特権」の付与にあたりうるととらえている可能性がある。旅費支出=89条違反の疑いがあると考えているかは不明

2 憲法20条1項、3項の趣旨

 憲法20条は、いわゆる政教分離の原則を採用しており、その観点から、1項は、国家の側が「宗教団体」へ「特権」を付与することを禁止し、また、同条3項は、国家の側による「宗教的活動」を禁止している。

 そして、かかる政教分離原則の趣旨は、「国家と信教との分離を制度として保障することにより」、国家の宗教的中立性を確保し、国家による宗教の弾圧等を防止することで、以て、「間接的に信教の自由の保障を確保」することにある。そうであれば、国家と宗教との関わり合いは完全に分離されることが望ましいため、国家の側によるあらゆる、「宗教的活動」、宗教団体への「特権」の付与を禁止すべきとも思える。

 しかし、福祉国家社会において、それは事実上不可能であるばかりか、完全分離をつらぬけば、かえって宗教を阻害しかねない。そこで、20条3項にいう「宗教的活動」や、20条1項にいう「特権」の付与、及び、89条が禁止する公金の支出とは、宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものに限られるものと解すべきである。具体的には、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為をいい、その判断は、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、その判断は諸般の事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断するべきである。

3 具体的検討

 「憲法20条1項後段にいう『宗教団体』…とは、…特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指す」ところ、大嘗祭を行った神社がこれに該当することに争いはない。

 「大嘗祭は、天皇が皇祖及び天神地祇に対して安寧と五穀豊穣等を感謝するとともに国家や国民のために安寧と五穀豊穣等を祈念する儀式であり、神道施設が設置された大嘗宮において、神道の儀式にのっとり行われたというのであるから、鹿児島県知事…がこれに参列し拝礼した行為は、宗教とかかわり合いを持つものである」ことは否定できない。

 「しかしながら、…(1)大嘗祭は、7世紀以降、一時中断された時期はあるものの、皇位継承の際に通常行われてきた皇室の重要な伝統儀式である」ところ、(2)鹿児島県知事「は、宮内庁から案内を受け、三権の長国務大臣、各地方公共団体の代表等と共に大嘗祭の一部を構成する悠紀殿供饌の儀に参列して拝礼したにとどまる、(3)大嘗祭への」鹿児島県知事「の参列は、地方公共団体の長という公職にある者の社会的儀礼として、天皇の即位に伴う皇室の伝統儀式に際し、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇の即位に祝意を表する目的で行われたものであるというのである。これらの諸点にかんがみると、被上告人の大嘗祭への参列の目的は、天皇の即位に伴う皇室の伝統儀式に際し、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇に対する社会的儀礼を尽くすものであり、その効果も、特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるようなものではないと認められる。」

 「したがって、」鹿児島県知事「の大嘗祭への参列は、宗教とのかかわり合いの程度が我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず、憲法上の政教分離原則及びそれに基づく政教分離規定に違反するものではないと解するのが相当である。」

4 結論

 よって、県知事による大嘗祭への参列は、憲法20条1項、3項に反する行為である。

 

百選46 忠魂碑・慰霊祭と政教分離の原則

1 意見の要旨

 箕面市が、旧忠魂碑の敷地を隣接する小学校用地とするため、旧忠魂碑を管理している箕面市戦没者遺族会と移設について折衝し、その合意に基づき、本件敷地を箕面市土地開発公社から買い入れ、右土地上に本件忠魂碑を移設、再建し、以後、本件敷地を市遺族会に無償で貸与したことは、憲法20条1項、89条、20条3項に反しない。

  • 公金支出が国家の側による「宗教的活動」に当たるのではないかとされた例。
  • 様々な行為が伴うからではないかと思われる。
  • 或いは、遺族会が「宗教団体」「宗教上の組織ないし団体」に当たらないことが明らかであったためか。

2 憲法20条1項、3項及び89条の趣旨

 憲法20条は、いわゆる政教分離の原則を採用しており、その観点から、同条3項は、国家の側による「宗教的活動」を禁止している。また、1項は、「宗教団体」への「特権」の付与を禁止し、併せて、憲法89条は政教分離原則を財政的側面から確保するために、「宗教上の組織若しくは団体」に対する公金の支出を禁止することとしている。

 そして、かかる政教分離原則の趣旨は、「国家と信教との分離を制度として保障することにより」、国家の宗教的中立性を確保し、国家による宗教の弾圧等を防止することで、以て、「間接的に信教の自由の保障を確保」することにある。そうであれば、国家と宗教との関わり合いは完全に分離されることが望ましいため、国家の側によるあらゆる「宗教的活動」、「特権」の付与及び公金の支出を禁止すべきとも思える。

 しかし、福祉国家社会において、それは事実上不可能であるばかりか、完全分離をつらぬけば、かえって宗教を阻害しかねない。そこで、20条3項にいう「宗教的活動」、1項にいう「特権」の付与、89条が禁止する公金支出とは、それぞれ、宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものに限られるものと解すべきである。具体的には、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為をいい、その判断は、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断するべきである。

3 具体的検討

(1) 憲法20条1項・89条違反の検討

 「本件についてこれをみるのに、…財団法人日本遺族会及びその支部である市遺族会、地区遺族会は、いずれも、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体には該当しないものというべきであって、憲法20条1項後段にいう「宗教団体」、憲法89条にいう「宗教上の組織若しくは団体」に該当しないものと解するのが相当である。」

(2) 憲法20条3項違反の検討

 そこで、以下、20条3項違反の有無を検討する。

 「旧忠魂碑は、地元の人々が郷土出身の戦没者の慰霊、顕彰のために設けたもので、元来、戦没者記念碑的な性格のものであり、本件移設・再建後の本件忠魂碑も同様の性格を有するとみられるものであって、その碑前で、戦没者の慰霊、追悼のための慰霊祭が、毎年一回、市遺族会の下部組織である地区遺族会主催の下に神式、仏式隔年交替で行われているが、本件忠魂碑と神道等の特定の宗教とのかかわりは、少なくとも戦後においては希薄であり、本件忠魂碑を靖国神社又は護国神社の分身(いわゆる「村の靖国」)とみることはできない」。また、「本件忠魂碑を所有し、これを維持管理している市遺族会は、箕面市内に居住する戦没者遺族を会員とし、戦没者遺族の相互扶助・福祉向上と英霊の顕彰を主たる目的として設立され活動している団体であって、宗教的活動をすることを本来の目的とする団体ではないこと、…旧忠魂碑は、戦後の一時期、その碑石部分が地中に埋められたことがあったが、大正五年に分会が箕面村の承諾を得て公有地上に設置して以来、右公有地上に存続してきたものであって、箕面市がした本件移設・再建等の行為は、右公有地に隣接する箕面小学校における児童数の増加、校舎の老朽化等により校舎の建替え等を行うことが急務となり、そのために右公有地を学校敷地に編入する必要が生じ、旧忠魂碑を他の場所に移設せざるを得なくなったことから、市遺族会との交渉の結果に基づき、箕面市土地開発公社から本件土地を買い受け、従前と同様、本件敷地を代替地として市遺族会に対し無償貸与し、右敷地上に移設、再建したにすぎないものであることが明らかである」ことに鑑みると、「箕面市が旧忠魂碑ないし本件忠魂碑に関してした次の各行為、すなわち、旧忠魂碑を本件敷地上に移設、再建するため右公社から本件土地を代替地として買い受けた行為(本件売買)、旧忠魂碑を本件敷地上に移設、再建した行為(本件移設・再建)、市遺族会に対し、本件忠魂碑の敷地として本件敷地を無償貸与した行為(本件貸与)は、いずれも、その目的は、小学校の校舎の建替え等のため、公有地上に存する戦没者記念碑的な性格を有する施設を他の場所に移設し、その敷地を学校用地として利用することを主眼とするものであり、そのための方策として、右施設を維持管理する市遺族会に対し、右施設の移設場所として代替地を取得して、従来どおり、これを右施設の敷地等として無償で提供し、右施設の移設、再建を行ったものであって、専ら世俗的なものと認められ、その効果も、特定の宗教を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められない。」

 「したがって、箕面市の右各行為は、宗教とのかかわり合いの程度が我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず、憲法20条3項により禁止される宗教的活動には当たらないと解するのが相当である。」

4 結論

 よって、箕面市が、本件敷地を箕面市土地開発公社から買い入れ、右土地上に本件忠魂碑を移設、再建し、以後、本件敷地を市遺族会に無償で貸与したことは、憲法20条1項、89条、20条3項に反しない。

 

百選47 空知太神社事件―敷地の長期の無償提供―

1 意見の要旨

 市が連合町内会に対し市有地を無償で神社施設の敷地としての利用に供している行為は、憲法20条1項後段、89条に違反する。

2 憲法20条1項、89条の趣旨

 憲法20条は、いわゆる政教分離の原則を採用しており、その観点から、1項は、「宗教団体」への「特権」の付与を禁止しており、併せて、憲法89条は、政教分離原則を財政的側面から確保するために、「宗教上の組織若しくは団体」に対する公金の支出を禁止することとしている。

 そして、かかる政教分離原則の趣旨は、「国家と信教との分離を制度として保障することにより」、国家の宗教的中立性を確保し、国家による宗教の弾圧等を防止することで、以て、「間接的に信教の自由の保障を確保」することにある。そうであれば、国家と宗教との関わり合いは完全に分離されることが望ましいため、国家の側によるあらゆる「特権」の付与及び公金の支出を禁止すべきとも思える。

 しかし、福祉国家社会において、それは事実上不可能であるばかりか、完全分離をつらぬけば、かえって宗教を阻害しかねない。そこで、1項にいう「特権」の付与、89条が禁止する公金支出とは、それぞれ、宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものに限られるものと解すべきである。

 そして、(本件のような、)国家の側が国公有地を無償で宗教的施設の敷地としての用に供する行為は、一般的には、当該宗教的施設を設置する宗教団体等に対する便宜の供与として、憲法20条1項・89条違反の疑いを生じさせるものであるといえる。もっとも、当該施設の性格や来歴、無償提供に至る経緯、利用の態様等には様々なものがあり得るところであり、上記のような行為が、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて憲法20条1項・89条に違反するか否かを判断するに当たっては、①当該宗教的施設の性格、②当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯、③当該無償提供の態様、④これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解される。

3 具体的検討

 「本件神社物件を管理し、上記のような祭事を行っているのは、本件利用提供行為の直接の相手方である本件町内会ではなく、本件氏子集団である。本件氏子集団は、前記のとおり、町内会に包摂される団体ではあるものの、町内会とは別に社会的に実在しているものと認められる。そして、この氏子集団は、宗教的行事等を行うことを主たる目的としている」、宗教団体(憲法20条1項)「であって、寄附を集めて本件神社の祭事を行っており、憲法89条にいう『宗教上の組織若しくは団体』に当たるものと解される。」

 そして、「本件鳥居、地神宮、『神社』と表示された会館入口から祠に至る本件神社物件は、一体として神道の神社施設に当たるものと見るほかはない。また、本件神社において行われている諸行事は、地域の伝統的行事として親睦などの意義を有するとしても、神道の方式にのっとって行われているその態様にかんがみると、宗教的な意義の希薄な、単なる世俗的行事にすぎないということはできない。このように、本件神社物件は、神社神道のための施設であり、その行事も、このような施設の性格に沿って宗教的行事として行われているものということができる。」(①)

 また、「本件氏子集団は、祭事に伴う建物使用の対価を町内会に支払うほかは、本件神社物件の設置に通常必要とされる対価を何ら支払うことなく、その設置に伴う便益を享受している。すなわち、本件利用提供行為は、その直接の効果として、氏子集団が神社を利用した宗教的活動を行うことを容易にしているものということができる。」(③)

 「そうすると、本件利用提供行為は、市が、何らの対価を得ることなく本件各土地上に宗教的施設を設置させ、本件氏子集団においてこれを利用して宗教的活動を行うことを容易にさせているものといわざるを得ず、一般人の目から見て、市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されてもやむを得ないものである。」(④)

 以上に鑑みると、確かに、「本件利用提供行為は、もともとは小学校敷地の拡張に協力した用地提供者に報いるという世俗的、公共的な目的から始まったもので、本件神社を特別に保護、援助するという目的によるものではなかったことが認められるものの」(②) 、「社会通念に照らして総合的に判断すると、本件利用提供行為は、市と本件神社ないし神道とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして、憲法89条の禁止する公の財産の利用提供に当たり、ひいては憲法20条1項後段の禁止する宗教団体に対する特権の付与にも該当すると解するのが相当である。」

4 結論

 市が連合町内会に対し市有地を無償で神社施設の敷地としての利用に供している行為は、憲法20条1項後段、89条に違反する。

 

百選47の2 ― 敷地の長期の無償提供後の譲渡 ―

1 意見の要旨

 砂川市が市有地を空知太神社の建物、鳥居及び地神宮の敷地として、長期の間、無償で使用させていた行為は、憲法20条1項後段、89条に違反する。

2 憲法20条1項、89条の趣旨

 憲法20条は、いわゆる政教分離の原則を採用しており、その観点から、1項は、「宗教団体」への「特権」の付与を禁止しており、併せて、憲法89条は、政教分離原則を財政的側面から確保するために、「宗教上の組織若しくは団体」に対する公金の支出を禁止することとしている。

 そして、かかる政教分離原則の趣旨は、「国家と信教との分離を制度として保障することにより」、国家の宗教的中立性を確保し、国家による宗教の弾圧等を防止することで、以て、「間接的に信教の自由の保障を確保」することにある。そうであれば、国家と宗教との関わり合いは完全に分離されることが望ましいため、国家の側によるあらゆる「特権」の付与及び公金の支出を禁止すべきとも思える。

 しかし、福祉国家社会において、それは事実上不可能であるばかりか、完全分離をつらぬけば、かえって宗教を阻害しかねない。そこで、1項にいう「特権」の付与、89条が禁止する公金支出とは、それぞれ、宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものに限られるものと解すべきである。

 そして、(本件のような、)国家の側が国公有地を無償で宗教的施設の敷地としての用に供する行為は、一般的には、当該宗教的施設を設置する宗教団体等に対する便宜の供与として、憲法20条1項・89条違反の疑いを生じさせるものであるといえる。もっとも、当該施設の性格や来歴、無償提供に至る経緯、利用の態様等には様々なものがあり得るところであり、上記のような行為が、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて憲法20条1項・89条に違反するか否かを判断するに当たっては、①当該宗教的施設の性格、②当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯、③当該無償提供の態様、④これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解される。

3 具体的検討

 本件では、「氏子に相当する地域住民の集団が社会的に実在することは明らかであり、この集団は憲法89条の宗教上の組織ないし団体に当たるものと認められる。」

 また、「本件神社施設は、一体として明らかに神道の神社施設に当たるものであり、本件神社において行われている諸行事も、神道の方式にのっとって行われているその態様にかんがみ、宗教的行事と認めるほかないものである。」(①)

 「本件神社施設の所有者は定かではないものの、本件譲与前に市が本件各土地を無償で神社敷地としての利用に供していた行為は、その直接の効果として、上記地域住民の集団が神社を利用した宗教的活動を行うことを容易にするものであったというべきである。」(③)

 「したがって、本件各土地が市の所有に帰した経緯についてはやむを得ない面があるとはいえ、上記行為をそのまま継続することは、一般人の目から見て、市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されるおそれがあったものということができる。」(④)

 もっとも、「本件譲与は、市が、監査委員の指摘を考慮し、上記のような憲法89条及び20条1項後段の趣旨に適合しないおそれのある状態を是正解消するために行ったものである。」 ※ 「確かに、本件譲与は、本件各土地の財産的価値にのみ着目すれば、本件町内会に一方的に利益を提供するという側面を有しており、ひいては、上記地域住民の集団に対しても神社敷地の無償使用の継続を可能にするという便益を及ぼすとの評価はあり得るところである。しかしながら、本件各土地は、昭和10年に教員住宅の敷地として寄附される前は、本件町内会の前身であるT各部落会が実質的に所有していたのであるから、同50年に教員住宅の敷地としての用途が廃止された以上、これを本件町内会に譲与することは、公用の廃止された普通財産を寄附者の包括承継人に譲与することを認める市の「財産の交換、譲与、無償貸付等に関する条例」(平成4年砂川市条例第20号)3条の趣旨にも適合するものである。」また、「仮に市が本件神社との関係を解消するために本件神社施設を撤去させることを図るとすれば、本件各土地の寄附後も上記地域住民の集団によって守り伝えられてきた宗教的活動を著しく困難なものにし、その信教の自由に重大な不利益を及ぼすことになる。」それゆえ、当時、本件各土地を「その社寺等に譲与することを」決定したのは、「政教分離原則を定める憲法の下で、社寺等の財産権及び信教の自由を尊重しつつ国と宗教との結び付きを是正解消するためには、上記のような財産につき譲与の措置を講ずることが最も適当と考えられた」ためであるということができ、「市と本件神社とのかかわり合いを是正解消する手段として相当性を欠くということ」はできない。(②)

 「以上のような事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すると、本件譲与は、市と本件神社ないし神道との間に、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるかかわり合いをもたらすものということはできず、憲法20条3項、89条に違反するものではないと解するのが相当である」

4 結論

 よって、砂川市が市有地を空知太神社の建物、鳥居及び地神宮の敷地として、長期の間、無償で使用させていた行為は、憲法20条1項後段、89条に違反する。

 

  • 両判決は、89条をメインとし、20条1項後段にも該当するとしている(20条3項は使っていない)。また、「目的及び効果にかんがみ」という部分が説示中に現われていない。これは①目的効果基準が機能せしめられてきたのは、問題となる行為等においていわば「宗教性」と「世俗性」とが同居しておりその優劣が微妙であるときに、そのどちらを重視するかの決定に際してであったこと(本件は一義的に宗教的な施設が問題となり、またそこで行われる行為も宗教活動であることが明らかである)②作為的行為ではなく極めて長期間にわたる不作為的側面も有する継続的行為であるという事案の特殊性が認められたことに由来するものであると考えられる

 

百選48 犯罪の煽動と表現の自由

(省略)

 

百選49 破壊活動防止法の扇動罪と表現の自由

1 意見の要旨

 破壊活動防止法39条及び40条の扇動罪の規定(現在の騒乱罪の規定)は、憲法21条に反しない。

2 権利保障

 憲法21条1項は、表現の自由について保障している。即ち、意見表明をすることやその他の表現活動は、同条項によって保障される行為であるといえる。

3 制約

 それにもかかわらず、扇動罪の規定は、表現行為であっても、それが、「政治目的をもって、各条所定の犯罪を実行させる目的を以て、文書若しくは図画又は言動により、人に対し、その犯罪行為を実行する決意を生ぜしめまたは既に生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与える行為」に当たる場合には、そのような行為を禁止することとしており、表現の自由を制約しているといえる。

4 正当化

 「しかしながら、表現活動といえども、絶対無制限に許容されるものではなく、公共の福祉に反し、表現の自由の限界を逸脱するときには、制限を受けるのはやむを得ないものである」。

 それゆえ、禁止される表現行為が、「公共の福祉に反し、表現の自由の保護を受けるに値しないもの」といえる場合には、「制限を受けるのはやむを得ないものというべきであ」るところ、扇動罪の適用範囲は、上記の通り、「公共の安全を脅かす騒擾罪等の重大犯罪をひき起こす可能性のある社会的に危険な行為」なのであって、これはまさに、公共の福祉に反し、「公共の福祉に反し、表現の自由の保護を受けるに値しないもの」ということができる。

5 結論

 よって、扇動罪の規定は憲法21条に反するものではない。

  • 適用に誤りはないかを見て適用違憲の検討をあえてしても良いのではないかと思われる。が、違憲と評価するのは難しいと思ったため省略。
  • 破壊活動防止法四〇条のせん動の概念は不明確であり、憲法三一条に違反する」かという論点もあったが、「破壊活動防止法四〇条のせん動の概念は、同法四条二項の定義規定により明らかであって、その犯罪構成要件が所論のようにあいまいであり、漠然としているものとはいい難い」として否定された。

 

百選50 「有害図書」指定と表現の自由

1 意見の要旨

 岐阜県青少年保護育成条例の、自動販売機で図書を販売することをも規制対象とし、「有害図書」の販売を禁止した規定(6条、6条の2、6条の6、9条、21条2号、5号等)は、憲法21条1項、31条に反しない。

 また、これらの規定に基づきYらを処罰したことも同様である。

2 青少年の「表現の自由

(1) 権利保障・制約

 21条1項は、表現の自由について保障している。そしてこの「表現」のためには情報収集が前提となるから知る自由についても同条項により保障されると解される。このことは、青少年であっても異なるものではない。

 それにもかかわらず、条例は、知事により個別的に(条例6条1項)、或いは包括的に(条例6条2項)指定された「有害図書」の青少年への販売・貸付を、自動販売機による販売を含め、業者に禁止し(6条の2第2項、6条の6第1項)、青少年の「有害図書」の閲覧手段を断つことで、青少年の上記自由を制約しているといえる。

(2) 正当化

 これらの規制は「有害図書」という内容に着目した内容規制である一方、閲覧の自由の保障は、知識や情報を自ら選別し、人格形成に資するものを取得していく能力が前提とされているところ、青少年は、一般的に精神的に未熟であり、選別能力が十分でなく、知識や情報の影響をうけることが大きいとみられるから、成人と同等の知る自由が保障されるとはいえない。そうであるとすれば、青少年の精神的未熟さに由来する害悪から保護すべく一定の制約が課されることもやむを得ないといえる。

 よって、「有害図書」の規制は、青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性のある場合には、合憲と評価されるものと解すべきである。そして、ここでいう蓋然性については、「有害図書」が青少年に対して与える弊害について厳密な科学的証明がなされていることまでは要求されず、「有害図書」が、青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性は認められるものと解される。性に関する歪んだ価値観が形成されてしまった場合には回復困難になるため、青少年の事前の保護は必要不可欠であるといえるからである。

 これを本件について見る。本条例の定めるような「有害図書」が一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残酷な行為を容認する風潮の助長につながるものであって、青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になっている。また、自動販売機による有害図書の販売は、①売手と対面しないため心理的に購入が容易であること、②昼夜を問わず購入ができること、③収納された「有害図書」が街頭にさらされているため購入意欲を刺激し易いことなどの点において、書店等における販売よりもその弊害が一段と大きい。そうすると、青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性が認められる。

(3) 結論

 したがって、自動販売機による販売も規制対象に含め、「有害図書」の販売を禁止する規定は、青少年の「表現の自由」を侵害するものではない。

2 成人の「表現の自由

(1) 権利保障

 また、成人にも、閲覧の自由は保障される。

(2) 制約・

 確かに、成人は、「有害図書」を購入し、又は借りること自体は可能である。しかし、本件各規定により、成人は、年齢確認をされるようになったり、閲覧手段に規制が加えられることにより、閲読の自由を制約されているということができる。

(3) 正当化

 次に、成人の閲読の自由との関係で、本件各規定の合憲性をどのように判断すべきかが問題となる。本件各規定による成人の閲読の自由に対する制約は、青少年の保護の目的からみて必要とされる規制に伴って当然に附随的に生ずる効果である。とすれば、規制手段が、重要な目的を達成するために実質的関連性を有する必要であり、また、思想の自由市場に到達するための十分な経路が開かれていない場合には違憲である、とすべきである。

 これを本件についてみると、上記のとおり、本件各規定の目的は青少年の健全な育成にあるところ、有害図書が青少年の健全な育成に有害であることは既に社会共通の認識になっていることに盤みれば、かかる目的は重要である。また、本件各規定は、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむをえない制約であるし、成人については、これらの図書に接する機会が全く閉ざされているわけではない上、特定の態様による販売が事実上抑されるにとどまるものであるから、手段と目的との間には実質的関連性があり、かつ、成人にはなお十分な入手経路が開かれているといえる。

 したがって、本件各規定は、成人の「表現の自由」を侵害するものでもない。

(4) 結論

 よって、本件各規定は有効である。

4 本件処分について

 そして、Y1及びその代表取締役であるY2が、岐阜県内の道路沿いの喫茶店前において、Y1が同所に設置し、管理する図書自動販売機に、岐阜県知事があらかじめ指定した有害図書に該当する雑誌等を収納したことに争いはない。以上より、「犯罪の証明があつた」と認められるから、Xは有罪である。

 

百選51 わいせつ文書の頒布禁止と表現の自由

1 意見の要旨

 被告人Xが、「チャタレイ夫人の恋人」を出版し、また、被告人Yがこれを翻訳することで出版を助けたことは、刑法175条わいせつ文書販売罪に該当する。このように、X、Yを同罪で起訴し、処罰したとしても、それは、憲法21条1項に反するものではない。

2 構成要件該当性(わいせつ文書該当性)

 わいせつ文書たるためには、ⅰ「羞恥心を害すること」と、ⅱ「性欲の興奮」、ⅲ「刺戟を来すこと」と、ⅳ「善良な性的道義観念に反すること」が要求される。

 そして、「著作自体が刑法一七五条の猥褻文書にあたるかどうかの判断は、当該著作についてなされる事実認定の問題でなく、法解釈の問題であ」り、「裁判所が右の判断をなす場合の規準は、一般社会において行われている良識すなわち社会通念である。」「性一般に関する社会通念」には、「変遷がある」。「しかし性に関するかような社会通念の変化が存在しまた現在かような変化が行われつつあるにかかわらず、超ゆべからざる限界としていずれの社会においても認められまた一般的に守られている規範が存在することも否定できない。それは前に述べた性行為の非公然性の原則である。」

 これを踏まえ、「本件訳書を検討するに、その中の検察官が指摘する一二箇所に及ぶ性的場面の描写は、そこに春本類とちがつた芸術的特色が認められないではないが、それにしても相当大胆、微細、かつ写実的である。それは性行為の非公然性の原則に反し、家庭の団欒においてはもちろん、世間の集会などで朗読を憚る程度に羞恥感情を害するものである。またその及ぼす個人的、社会的効果としては、性的欲望を興奮刺戟せしめまた善良な性的道義観念に反する程度のものと認められる。要するに本訳書の性的場面の描写は、社会通念上認容された限界を超えているものと認められる。」

 よって、本書は、刑法175条にいうわいせつ文書に該当するというべきである。たしかに、「本書の芸術性はその全部についてばかりでなく、検察官が指摘した一二箇所に及ぶ性的描写の部分についても認め得られないではない」が、「芸術性と猥褻性とは別異の次元に属する概念であり、両立し得ないものではない。」「芸術といえども、公衆に猥褻なものを提供する何等の特権をもつものではない」のである。

3 憲法21条1項違反の検討

(1) 権利保障

 憲法21条1項は、表現の自由を保障している。そして同条項は、当然に、出版の自由をもその内容としている。

(2) 制約

 それにもかかわらず、書籍を出版し、或いは書籍の出版を助けたことを以て、わいせつ文書販売罪の罪に問うことは、同条項により保障される出版の自由を制約するものである。

(3) 正当化

ア 形式的正当化(明確性の原則違反)

 このような、表現の自由にかかる規制や、罰則に係る規制の文言が不明確な場合は、合理的な限定解釈によって法文の不明確性が除去されない限り、そのような規制が与える萎縮効果を考慮して、法規それ自体が違憲無効となると解すべきである。そして、これは、通常の判断能力を有する一般人の理解において具体的にその規制対象を、その規定から読み取ることができるか否かにより判断される(徳島市公安条例事件)。

 「しかし本件訳書の許否についての判断の基礎は一般社会において行われている良識または社会通念として存在しているから、事前に不明白であるとはいい得ない。」

 よって、明確性の原則に反するということができず、本件のような出版の自由に対する制約は形式的に正当化される。

イ 実質的正当化

 もっとも、上記のように、出版の自由に対する制約は、必要かつ合理的なものでなければならない。

 これを本件について見るに、「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすことについて疑問の余地がないのであるから」、ⅰ「羞恥心を害すること」と、ⅱ「性欲の興奮」、ⅲ「刺戟を来すこと」と、ⅳ「善良な性的道義観念に反すること」といった要件を満たしたわいせつ文書を規制する必要性は認められる一方、規制された本件文書は、上記の要件を満たしたわいせつ性の高い文書、言い換えれば、反社会性の高い文書なのであるからこれを規制することは合理的であるといえる。

 よって、実質的にも本件のような出版の自由に対する制約は正当化される。

 

百選52 悪徳の栄え事件

1 意見の要旨

 被告人らが、内容の大部分を性描写が占めている小説を雑誌に掲載し、或いは、掲載させ、販売・頒布した行為は、刑法175条のわいせつ文書販売罪に該当する。

 そして、この行為を同罪で起訴・処罰することは、憲法21条に反しない。

2 わいせつ文書該当性

(1) 「文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、それが『徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの』といえるか否かを決すべきである。

(2) 「本件についてこれをみると、本件『四畳半襖の下張』は、男女の性的交渉の情景を扇情的な筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色的興味にうつたえるものと認められる。」

(3) よって、「以上の諸点を総合検討」すると、「本件文書が刑法一七五条にいう『わいせつの文書』にあたる」ことは明らかである。

3 憲法21条1項違反の検討

(1)  権利保障

 憲法21条1項は、表現の自由を保障している。そして同条項は、当然に、出版の自由をもその内容としている。

(2) 制約

 それにもかかわらず、書籍を出版したことを以て、或いは小説を執筆し出版をさせたことを以て、わいせつ文書販売罪の罪に問うことは、同条項により保障される出版の自由を制約するものである。

(3) 正当化

ア 形式的正当化(明確性の原則違反)

 このような、表現の自由にかかる規制や、罰則に係る規制の文言が不明確な場合は、合理的な限定解釈によって法文の不明確性が除去されない限り、そのような規制が与える萎縮効果を考慮して、法規それ自体が違憲無効となると解すべきである。そして、これは、通常の判断能力を有する一般人の理解において具体的にその規制対象を、その規定から読み取ることができるか否かにより判断される(徳島市公安条例事件)。

 「しかし本件」書籍「の許否についての判断の基礎は一般社会において行われている良識または社会通念として存在しているから、事前に不明白であるとはいい得ない。」

 よって、明確性の原則に反するということができず、本件のような出版の自由に対する制約は形式的に正当化される。

イ 実質的正当化

 もっとも、上記のように、出版の自由に対する制約は、必要かつ合理的なものでなければならない。

 これを本件について見るに、「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすことについて疑問の余地がないのであるから」、「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」わいせつ文書を規制する必要性は認められる一方、規制された本件文書は、上記の要件を満たしたわいせつ性の高い文書、言い換えれば、反社会性の高い文書なのであるからこれを規制することは合理的であるといえる。

 よって、実質的にも本件のような出版の自由に対する制約は正当化される。

  

ケースブック刑法 起案 第12講

第12講 間接正犯と共同正犯と幇助

1 間接正犯と教唆と共同正犯

  • 設問1

第1 Xの罪責について

1 Xの罪責を論ずるにあたり、まずは、Xに犯行を命じられたBの行為について検討する。

(1) Bが、強盗目的でスナックに侵入した行為は、住居権者の意思に反した立ち入りであることが明らかであるから、Bの上記行為は住居侵入罪(130条前段)の構成要件に該当する。

(2) また、Bがそのうえで、C子にエアーガンを見せ、「金だ」、「トイレに入れ。殺さないから入れ」などと言って脅迫し、現金及びショルダーバッグを強取した行為は、強盗罪がその成立のために要求する、反抗を抑圧するに足りる程度の「脅迫を用いて」、「他人の財物を強取」する行為に当たるため、強盗罪(236条1項)の構成要件に該当する。

(3) とはいえ、Bは犯行当時12歳10ヶ月であるから、刑事未成年(41条)にあたり、責任が阻却され、不可罰となる。

2 そこで、Xが 未成年である長男Bに Cから金品を奪い取ってくるよう指示命令した行為に、住居侵入罪・強盗罪の間接正犯、若しくは共同正犯(60条)、教唆犯(61条)のいずれかが成立しないか。

(1) 第一に、間接正犯と教唆犯の区別が問題となる。極端従属性説によれば、責任能力を欠く者を利用する行為については教唆犯の成立が認められない。そのため、この間隙を埋めるために考案されたのが間接正犯の概念である。よって、この立場によれば、責任能力を欠く者を利用した者は間接正犯となる。他方、制限従属性説によれば、正犯に構成要件該当性・違法性が認められれば、利用者には教唆犯の成立が認められるため、間接正犯の問題とする必要はないという帰結になる。しかし、利用者が間接正犯か教唆犯かは、被利用者が犯罪を完成したかどうかとする形式的な議論では決定できないはずである。例えば、3歳の子どもに窃盗を命じた場合にこれを単なる教唆犯とすることが妥当でないのは明らかであり、他方、窃盗を命じた相手が規範的障害を有しうる13歳の子供である場合にまで刑事未成年であるという理由で常に間接正犯となるとするのも合理性を欠くからである。したがって、間接正犯が成立するか、教唆犯にとどまるかの判断に当たっては、より実質的な考慮が必要であり、その際には利用者の正犯性をより積極的に検討すべきである。

(2) そして共犯従属性説に従う以上、正犯概念は理論的には共犯概念に先行すべきものであるから、正犯の成否を先に検討すべきである。そのため、まずは間接正犯の成否から検討し、これが認められない場合には、教唆犯の成否を検討する前に、共同正犯の成否を検討する。

 間接正犯について定めた明文の規定はない。しかし、正犯とは自らの意思で犯罪を実現し第一次的な責任を負う者をいうのであるから、直接手を下さなくとも、行為者が被利用者の行為を通して自己の犯罪を実現したと評価できる場合には、このような者を間接正犯として処罰する必要がある。それゆえ、①行為者が被利用者を一方的に利用し、因果の流れを支配し、かつ、②利用者が「自己の犯罪」を実行するという正犯意思を有しているといえる場合には、かかる利用者を間接正犯として処罰することができると解する。

  • そして①の判断に当たっては、被利用者の年齢や心身の発育状況等、当該犯罪が被利用者にとって是非弁別の難しいものであったか否か(犯罪の性質、重大性等)、利用者と被利用者の関係、利用者の指示命令が被利用者の意思を抑圧するものであったか否か、犯罪を実現するうえで被利用者の自主的な判断・行動が必要とされるものであったか否か(機械的な動作か、複雑な行動か、被害者に対する対応など臨機応変に行動する必要がったかどうか)等を考慮する(最判解刑事篇平成13年度157頁)。また、②の判断に当たっては 利用者の果たした役割の重要性のほか、b. 最終的な利益の帰属、また、c. 利用者の動機や d. 実現意欲の積極性といった心情的要素も加味して判断する(西田典之刑法総論』p331)。

 本問における被利用者たるBは未成年ではあるが、中学1年生にもなると是非弁別能力を有しているのが通常であるし、実際、BはXから犯行を指示命令された際に嫌がるそぶりを見せていることから、被利用者たるBには規範的障害があったといえる。また、Bには親であるXに虐待をされていた等といった特段の事情はないことから、Xの指示命令がBの意思を抑圧していたともいえない。それにもかかわらず、Bは最終的には自らの意思により犯罪の実行を決意したうえで、当該犯行に及んでいる。さらに、いかに強盗の用に供する道具がすべてXによって用意されていたとはいえ、強盗という犯罪の重大性やその困難性、Xの指示命令内容が「映画のように『金だ』とか言ってモデルガンを見せる」といった大まかなものであったことにかんがみると、実際に犯罪を遂行するためには、Xの指示命令のみならず、Bの現場における臨機応変な対応が求められていた。そのうえで、Bはスナックで入り口のシャッターを下ろしたり、Cを脅迫しトイレに閉じ込めたりするなど、自己の判断により臨機応変に犯罪を完遂している。以上の点を考慮すると、このような事情の下では、XのBに対する一方的な支配・利用関係は認められない(①)。

(3) よって、XにはBに対する一方的な支配利用関係が認められないから、Xに住居侵入罪(130条)・強盗罪(236条1項)の間接正犯は成立しない。

3 そこで、Xに住居侵入罪(130条)・強盗罪(236条1項)の共同正犯(60条)が成立しないかが問題となる。

(1) 第一に、Bは刑事未成年(41条)にあたり、責任が阻却されるため、共同正犯間で犯罪構成要素につきどの程度連帯性を認めるべきかが問題となる。各共同正犯者は、ほかの共同正犯者の心理に影響を与え、その者の構成要件に該当する違法な行為を介して間接的に法益侵害を生じさせるという面を有している。よって、狭義の共犯の場合と同様、違法は連帯し、責任は個別的だから(65条参照 ※ 制限従属正接の立場からは、責任身分の個別的作用は自明の事柄。それゆえ、65条は違法身分の連帯について定めていると解される。)、共犯の可罰性を認めるには共犯者が構成要件に該当し、違法な行為をなしたことを要し、かつそれで足りるというべきである。よって、本問のように、実行者が刑事未成年(41条)に当たり責任が阻却される場合であっても、Xには共同正犯(60条)が成立する余地がある。

(2) とはいえ、Xは自ら実行行為を担当していない。そこで、そのような者に、「共同して犯罪を実行した者」(60条)としての罪責を負わせることはできるか。

 共同正犯における一部実行全部責任の原則の根拠は、共同実行の意思の下、相互に他人の行為を利用し補充しあって犯罪を実現する点に求められる。よって、この点をみたしているならば、犯罪の実行行為を担当するのではなく実行行為に向けて行為を共同するに過ぎない者も、正犯とみるべきである。そこで、実行行為を行っていない場合でも、実行行為を現実に行った者がいる場合には、①当該犯罪を共同実行することについての意思の連絡のうえ、②結果に対する重大な寄与をし、かつ、正犯意思を有する者にも、共同正犯としての罪責を負わせることができると解する。

  • 重大な寄与(重要な役割)を有するか否かの判断に当たっては、共謀者と実行者の主従関係、共謀者が謀議において果たした役割、犯罪の準備・実行段階等において共謀者が果たした役割の重要性等の事情を総合的に考慮する(事前の共謀において果たした役割の重要性が不可欠の要素というわけではない)(西田典之刑法総論』p329)。
  • また、正犯意思を有するか否かの判断に当たっては、利用者の果たした役割の重要性のほか、実現意欲の積極性や最終的な利益の帰属、また、利用者の動機といった心情的要素も加味して判断する(西田典之刑法総論』p331)。

 本問においてXは、Bに、スナックに侵入しCから金品を奪い取るよう指示命令しており、Bもこれを承諾しているのであるから、両者には当該犯罪を共同実行することについての意思連絡があったといえる(①)。また、Xは住居侵入罪(130条)及び強盗罪(236条1項)の発案者であったこと、XがBを虐待していたというような事情はないもののXはBの母親でありBはXからの発案を断りにくい立場にあったこと、そしてそのうえで嫌がるBを執拗に説得し、エアーガンや覆面など強盗の用に供する道具を用意しその方法を指示したことにかんがみると、Xには結果に対する重大な寄与が認められる。さらに、上記の事情に加え、Bが強盗によって得た金銭を当然のごとくすべて受け取っていること、Xが発案当初から自己の分を含む生活費を賄うためにC子から金品を強取しようと考えていたことを考慮すると、Xには正犯意思もあったといえ、よって、正犯性が認められる(②)。

(3) よって、Xには住居侵入罪・強盗罪の共謀共同正犯の成立が認められる。

4 以上より、Xには住居侵入罪(130条前段)及び強盗罪(236条1項)が成立し、Bは刑事未成年であるため責任が阻却され不可罰であるもののBとの関係で共謀共同正犯(60条)が成立する。そして両罪は、牽連犯(54条1項後段)となる。

 

設問2

 XはKを利用して窃盗を完遂しているが,Xのそのような利用行為に窃盗罪の間接正犯が成立するか。間接正犯の判断基準が問題になる。

・・・(中略)・・・

本件についてみるに,Kは,Xの日ごろの言動に畏怖して意思を抑圧されていたから,①を満たす。また,Xには正犯意思も認められる(②)。

 したがって,Xには窃盗罪の間接正犯が成立する。

 

2 間接正犯と教唆犯の錯誤 設問3 (検討済)

3 共謀共同正犯 (省略)

4 幇助犯

Q13

実行行為を容易にする点での因果関係で足りるとする見解や,結果発生を容易にした点での因果関係が必要とする見解がある。後者の見解によれば,見張りは結果的に役立たなかったのであるから,合理的に説明できる。しかし,前者の見解によれば,見張りも実行行為を心理的には容易にしたといえるため,本判決の結論を合理的に説明できない。

 

5 共同正犯と幇助の限界

 

百選起案 民法Ⅱ(第8版) 71~80

百選Ⅱ-71 受任者の利益のためにも締結された委任と解除

1 まず、Xとしては、AY間管理契約(委任契約)の解除に基づく原状回復請求権としての880万円の保証金返還請求権を譲り受けたとして、これを行使することが考えられる。

2 では、これは認められるか。

(1) 確かに、本件において、受任者であるYは、本件管理契約に基づき管理行為を「無償で行うほか、保証金を保管する間、月一分の利息をDに支払う旨約したが、その代わりにDは、」Y「が右の保証金を自己の事業資金として常時自由に利用することを許し」ていたというのであり、本件管理契約は、「単に委任者の利益のみならず」、「もっぱら報酬を得る」という利益とは別の「受任者の利益のためにも」なされた委任であるといえる(651条2項2号)

(2) もっとも、651条2項2号は、「委任者が」、「もっぱら報酬を得る」という利益とは別の「利益」を「受任者」に与えることをも目的としていた場合であっても、委任者は委任契約を解除できるとしており、ただ、「やむを得ない事由があった」場合を除き、委任者は、受任者に対してその「損害を賠償」する義務を負うことになるにすぎないとしている(反対解釈)。

 そうであれば、本件においても、委任契約の解除自体は可能である。

 そして、「委任者の意思に反して事務処理を継続させることは、委任者の利益を阻害し委任契約の本旨に反することになるから、」損害賠償をしたのちでなければ解除の効果は生じないとするのは妥当ではない。損害賠償請求の可否は、別途の問題である。

(3) 以上より、本件委任契約が解除されたことを前提とするXの主張は認められるべきである。

3 よって、本件委任契約の解除に基づく原状回復請求としての上記請求は認められるものと解すべきである。

 

百選Ⅱ-72 誤振込金の返還請求と預金債権

1 本件のXによる第三者異議の訴えは認められるか。

2 この請求が認められるためには、Yが差し押さえた預金債権がCのもとでそもそも発生していなかったといえる必要がある。

 しかし、これについては、振込依頼人(X)と受取人(C)との間に振込の原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人(C)と預入金融機関(A)との間には預金契約により、受取人を債権者とする預金債権が成立するものと解すべきである。

即ち、振込依頼人と受取人との間に振込の原因となる法律関係が存在しないにもかかわらず、振込によって受取人が振込金額相当の預金債権を取得したときは、振込依頼人は、受取人に対し、右同額の不当利得返還請求権を有することがあるにとどまり、右預金債権の譲渡や差押えを妨げる権利を取得するわけではない。

3 よって、受取人の債権者がした右預金債権に対する強制執行の不許は求めることはできない。

 

百選Ⅱ-73 預金債権の帰属

1 XのYに対する、預金契約に基づく預金の払い戻し請求は認められるか。

2 Xの請求が認められるためには、そもそも、Xが本件預金契約の当事者、即ち預金者であるといえる必要がある。しかし、本件においては、A(の代表者)が「X(株)代理店A(株)」名義で、Yとの間で預金契約を締結し、口座の通帳と届出印を管理している。そこで、そもそも、X、Aのいずれが預金者であるかが問題となる。

 これについて、判例は、定期預金契約の場合について、①銀行は預金を受け入れる段階では、通常、預金者が誰であるかについて利害関係を持たないこと、②払戻段階においては銀行は預金者がだれであるかについて利害関係を有するものの、銀行の保護については、民法478条でなしうることを根拠に、このような銀行よりも実際にその金銭を出捐した者の保護を優先させるべきと考え、預金者実際に預け入れた金銭を支出した出捐者としている。他方、その後、普通預金等(消費寄託であり、いつでも預金の返還を請求することが可能なもの(666条3項))について、実質的な資金の帰属者と預金の名義人が異なる場合にはa口座開設者がだれであったか、bその際の名義はだれであったか、ⅽ預金契約締結の代理権を与えていた事情は記録上伺えたか、d口座を管理していた者がだれであったか、さらには、f金銭の実質的な所有者が誰であったかも考慮したうえで、預金者が誰であるかを判断したものがある。

 以上を踏まえ、判例は、定期預金契約の場合には上記①②の理由から出捐者を預金者とし、他方、普通預金流動性のある預金の契約の場合には、預金債権が全体として誰に帰属しているのかを、a~f等といった事実をもとに判断すべきとしているのだという解釈もあり得る。

 もっとも、金融機関が犯罪に利用されることが多くなってきた昨今においては、金融機関にとって、取引名義人が実在すること、及び、預金行為者と名義人が同一であることは、重大な関心事項であるから、定期預金契約の場合には出捐者を預金者とすべきとする判例法理は、昨今においては妥当しなくなっているというべきである。そこで、イの判例は、アの判例に変更を加えるものであると考えるべきである。すなわち、契約当事者が誰であったかについては、定期預金契約であるか普通預金契約であるか否かを問わず、口座開設者がだれであったか、その際の名義はだれであったか、預金契約締結の代理権を与えていた事情は記録上伺えたか、口座を管理していた者がだれであったか、さらには、金銭の実質的な所有者が誰であったかも考慮して、金融機関から見て金銭の寄託者であると評価される者が、預金者であると解すべきである。

3 これを本件について見ると、「金融機関である」Y「との間で普通預金契約を締結して本件預金口座を開設したのは」、A「である。また、本件預金口座の名義である」、X(株)代理店A(株)というのが、Aではなく、Xを「表示しているものとは認められないし」、XがAにYとの間での「普通預金契約締結の代理権を授与していた事情は、記録上全くうかがわれない。そして、本件預金口座の通帳及び届出印は、」A「が保管しており、本件預金口座への入金及び本件預金口座からの払戻し事務を行っていたのは、」Aのみであるから、本件預金口座の管理者は、名実ともに」A「であるというべきである。」「さらに、…金銭については、占有と所有とが結合しているため、金銭の所有権は常に金銭の受領者(占有者)である受任者に帰属」する。「したがって、本件預金の原資は、」A「が所有していた金銭にほかならない。」

4 したがって、本件預金債権は、XにではなくAに帰属するというべきであり、よって、Xの上記請求は認められないものというべきである。

 

百選Ⅰ-74 預金口座の取引経過についての金融機関の開示義務

1 被相続人であり預金者であったAが死亡し、その共同相続人の一人であるXが、Aが生前預金契約を締結していた信用金庫であるYに対し、預金契約に基づき被相続人名義の預金口座における取引経過の開示、具体的には入出金明細表の開示を求めることは可能か。

 そもそも、①金融機関に、預金者に対する預金口座の取引経過開示義務があるか、あるとして、②共同相続人の一人が被相続人名義の預金口座の取引経過開示請求権を単独で行使するができるかが問題となる。

2(1) ①について

 「預金契約は、預金者が金融機関に金銭の保管を委託し、金融機関は預金者に同種、同額の金銭を返還する義務を負うことを内容とするものであるから、消費寄託の性質を有するものである。しかし、預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には、預金の返還だけでなく、振込入金の受入れ、各種料金の自動支払、利息の入金、定期預金の自動継続処理等、委任事務ないし準委任事務(以下「委任事務等」という。)の性質を有するものも多く含まれている。委任契約や準委任契約においては、受任者は委任者の求めに応じて委任事務等の処理の状況を報告すべき義務を負うが(民法645条、656条)、これは、委任者にとって、委任事務等の処理状況を正確に把握するとともに、受任者の事務処理の適切さについて判断するためには、受任者から適宜上記報告を受けることが必要不可欠であるためと解される。このことは預金契約において金融機関が処理すべき事務についても同様であり、預金口座の取引経過は、預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから、預金者にとって、その開示を受けることが、預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに、金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるということができる。」

 「したがって、金融機関は、預金契約に基づき、預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うと解するのが相当である。」

(2) ②について

 「そして、預金者が死亡した場合、その共同相続人の一人は、預金債権の一部を」、相続分に応じて「相続により取得するにとどまるが、これとは別に、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(同法264条、252条ただし書)というべきであり、他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない。」 ※ 保存行為

3 よって、Xの上記請求は認められる。

 

百選Ⅱ-75 組合財産の帰属

  • 民法675条1項は、「組合の債権者は、組合財産についてその権利を行使することができる」としている。即ち、この規定は、「組合の債権者」に対する組合債務は、それが可分給付を目的とするものであっても、数額的に分割されることなく1個の債務として総組合員に帰属し、組合財産を引き当てとすることになる、ということの表れである。組合財産についてもしかりである。
  • 組合債務の債務者が組合員の一人であったとしても、債務の混同による消滅はあり得ない。
  • 即ち、Xの主張は失当である。

 

百選Ⅱ-76 和解と錯誤

1 Xの、Yに対する売買契約に基づく代金支払請求権は認められるか。

2(1) Yとしては、Xの上記請求に対して、Yが負うべき代金支払債務については、本件和解契約の締結により消滅していると反論することが考えられる。他方、Xとしては、本件和解契約は錯誤取消(95条)により無効(121条)である、と主張することが考えられる。そこで、Yとしては、和解の確定効(696条)の観点からは、和解契約の錯誤取消の主張はおよそ認められ得ないものである、と主張することになろう。

(2) しかし、確かに、当事者が争いの目的とし合意した事項に錯誤があったという場合には、真実に反しても法律関係を確定しようとするのが当事者の意思であるといえるから和解の確定効(696条)によりもはや錯誤取消はできないとすべきであるが、他方、争いの対象となっていない事項については上記当事者の意思がこれらにおよんでいないことから和解の確定効は及ばず、錯誤取消の主張が許されるものと考えるべきである。

 そこで、本件について見るに、「本件和解は、本件請求金額…の支払義務あるか否かが争の目的であつて、当事者が…互に譲歩をして右争を止めるため仮差押にかかる本件ジャムを市場で一般に通用している特選金菊印苺ジャムであることを前提とし」、YからXへ「代物弁済として引渡すことを約したものであ」ったところ、それにもかかわらず、「本件ジャムは、…粗悪品であつた」というのである。

 本件和解の当事者であるX「の意思表示には」、本件ジャムの品質という、法律事情の基礎事情につき、「錯誤があつたという」ことができるところ、このような本件ジャムの品質については、和解契約当時争いの対象とはなっていなかった事項であるといえる。

(3) それゆえ、このような場合には、和解の確定効は及ばないものというべきであり、よって、Xは、錯誤取消の主張をなしうる。

3 そして・・・(以下、その他の要件の検討)

4 よって・・・

  • 錯誤優先説か否かという論点については消滅するのではないかと思われる。

 

百選Ⅱ-77 運用利益の返還義務

1 Xとしては、Yに対して、まず、①債務を負担していないにもかかわらずこれの弁済をしてしまったとしてその返還請求をすることが考えられる。

 また、さらに、Xとしては、②Yが右弁済金を運営資金として利用することにより、少なくとも商事法定利率による利息相当の運用利益を得ているとしたうえで、右利益の返還を請求することが考えられる。

2(1) ①について

(省略)

(2) ②について

 他方、②についてはどうか。

ア そもそも、運用利益返還請求の根拠をいかに解すべきかが問題となる。

 これについて、「不当利得における善意の受益者が利得の現物返還をすべき場合については、…民法189条を類推適用すべきであるとの説があるが」、「本件不当利得の返還は価格返還の場合にあたり、原物返還の場合には該当しないのみならず、前記運用利益をもつて果実と同視することもできないから、右運用利益の返還義務の有無に関して、右法条の適用を論ずる余地はないものといわなければならない。」そうすると、たとえ、Yが「善意の不当利得者である間に得た運用利益であつても、同条の適用によつてただちに」、Y「にその収取権を認めるべきものではなく、この場合右運用利益を返還すべきか否かは、もつぱら民法703条の適用によつて決すべきものである。」

イ 「そこで、進んで本件におけるような運用利益が、民法703条により返還されることを要するかどうかについて考える。」

(ア) 受益(a)、損失(b)の要件について

 「およそ、不当利得された財産について、受益者の行為が加わることによつて得られた収益に…ついては、社会観念上受益者の行為の介入がなくても不当利得された財産から損失者が当然取得したであろうと考えられる範囲においては」、受益者の利益と解すべきであり、他方、損失者の損失と解すべきであり、「それが現存するかぎり同条にいう『利益ノ存スル限度』に含まれるもの…と解するのが相当である。」そうすると、本件でも、X「が主張する…運用利益」について「は、受益者たる」Y「の行為の介入がなくても…社会通念に照し当然取得したであろうと推認するに難くない」、以上、上記abの要件は満たされる。

(イ) 因果関係(c)、法律上の原因(d)の要件について

 また、本件においては、これらの要件についても問題はなく満たしているものといえる。

ウ それゆえ、Y「は仮に善意の不当利得者であつてもこれが返還義務を免れないものといわなければならない。」

3 よって、Xの上記請求はいずれも認められる。

  • 他方で、受益者の実力により得られた上記額との差額分の利益については、それを、受益者の利益、損失者の損失ということはできないため、703条によっても返還しえないと考えるべきである。

 

百選Ⅱ-78 不当に利得した代替物を処分した場合の返還義務

1 Xとしては、Yに対して、新株の客観的価値相当額或いは新株売却代金相当額の不当利得返還請求権を行使することが考えられる。

2 不当利得返還請求は、a他人の財産または労務によって利益を受けたこと、bそのために他人に損失を与えたこと、c社会通念上、受益と損失との間に因果関係があること、d受益につき法律上の原因がないこと、という要件を満たした場合に認められる。

(1) 本件においては、上場株式を取得したXらが、名義書換手続をする前に同株式について株式分割がされ、株主名簿上の株主Yに増加した新株が交付されてしまっている。

 それゆえ、Yが新株交付の利益を受ける(a)一方で、Xは新株を得られないという損失を被っているといえ(b)、しかも、両者の間には社会通念上の因果関係が認められる(c)。さらに、XY間で何ら贈与契約等の契約・法律関係はなかったというのであるから、dの要件も満たされる。

(2) では、この場合、返還請求できる額をいかに解すべきか。Yは、既に新株は第三者に売却しているため、新株の客観的価値相当額をその額とすべきか、或いは、新株売却代金相当額をその額とすべきかが問題となる。

 これについては、「不当利得制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、受益者にその利得の返還を負担させるものである」、ということに鑑みれば、原物返還不能の場合で、それにより代替物が利得されている場合には、その代替物の返還を求めることができると考えるべきである。 ※ 必ず客観的価値相当額の返還が帰結されるわけではない。 そして、売買代金も代位物に当たると解すべき以上、価格変動は考慮されず、あくまで売買代金が、受益者が返還すべき額ということになる。

 即ち、本件においては、その額は、5350円ということになる。

3 よって、XのYに対する上記請求は認められる。

 

百選Ⅱ-79 転用物訴権

1 Xとしては、Yに対して、不当利得返還請求権として、(703条、704条)工事残代金相当額2750万円と遅延損害金の支払請求をすることが考えられる。

2 以下、その要件について検討する。

(1) まず、Xの工事により本件建物甲の客観的価値が工事代金に相当する分増加しているから、本件建物甲の所有者Yには、5180万円の「利益」(同条)が認められる。

(2) 次に、工事残代金2750万円は回収不能になっているから、Xには、同額の「損失」(同条)が認められる。

(3) 次に、「利益」と「損失」との間の因果関係(「そのために」(同条))については、社会通念上の因果関係で足りる。不当利得制度は当事者間の財産関係の公平を図ることをその趣旨とするものであるところ、その実質的妥当性については、財産の移動が「法律上の原因」があるか否かの判断において図っていけばよいからである。

 本件において、Xの工事によりYの受ける利益は、本来、AX間の請負契約に基づくものであるため、請負代金債務の債務者であるAの財産に由来するものであるが、本件のように、Aが所在不明となり、財産も判明せず、Xの残代金債権が回収不能となったことによりAに対する請負代金債権の全部又は一部が無価値であるときは、その限度においてYの受けた利益はXの労務に由来することとなるから、社会通念上の因果関係が認められる。

(4) では、「法律上の原因」(同条)は認められるか。

ア 上記の通り、不当利得制度における当事者間の財産関係の公平という趣旨は、「法律上の原因」の要件の中で実質的・具体的に図っていくべきものであることに鑑みれば、上「法律上の原因」の有無は、形式的・一般的には正当視される財産的価値の移動が、正義・公平の観点から、実質的・相対的にみても正当視されるか否かをもって判断される。そして、賃貸人の利益の保有が賃借人・賃貸人間の契約全体をみて有償と認められる場合に請求を肯定すると、賃貸人に二重の経済的負担を強いることとなり不当である。そこで、契約全体をみて賃貸人が対価関係なしに利益を受けたといえる場合に限り、賃貸人には、給付者との関係では当該利得を保有すべき実質的・相対的理由がなく「法律上の原因」がないと解する。

イ YとAは、賃貸借契約において、Aに権利金を求めない代わりに、甲の工事はすべてAの負担とし、Aは本件建物返還時に金銭的請求を一切しないとの特約を結んでおり、AのYに対する費用償還請求権(608条1項)を放棄したものといえる。とすれば、AY間の賃貸借契約全体をみて、Yが対価関係なくして工事の費用負担を免れるという利益を得ているものとはいえない。

ウ したがって、「法律上の原因」は認められる。

3 よって、Xの請求は認められない。

 

百選Ⅱ-80 騙取金銭による弁済と不当利得

1 Xは、Yに対して、金員2の返還請求をすることが考えられるところ、その根拠は、不当利得返還請求権(703条)に求められる。

2 そこで、以下、その要件を検討する。

(1) まず、Yは、Aを通じてXから企員2の支払を受けているので、Yには金員2相当額の「利益」(同条)があり、Xには同額の「損失」(同条)が認められる。

(2)  次に、「利益」と「損失」との間の因果関係(「そのために」(同条))については、社会通念上の因果関係で足りる。不当利得制度は当事者間の財産関係の公平を図ることをその趣旨とするものであるところ、その実質的妥当性については、財産の移動が「法律上の原因」があるか否かの判断において図っていけばよいからである。本件においては、Aは、Bから受け取った小切手を自己の預企口座に振り込み、その一部を引き出し、定期預金化し、それを担保に借り受け、再び前記口座に預け入れ、次に、払い戻し、その一部を別銀行の口座に預け入れさらに別途工面した金額を預け入れ、全額を小切手化して、負担金交付先に送金したが、受取が留保され覚書の下、Aに返還され、AからYに支払われている。

 このような複数の行為が複雑に存在している場合であっても、甲が騙取又は横領した金銭をそのまま丙の利益に使用するか、若しくは自己の金銭と混同させ又は両替し、あるいは銀行に預け入れあるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を別途工面した金銭によって補填する等してから丙のために使用しようとしていたものと認められる以上、これらの行為には、乙の金銭で丙の利益をはかったと認められるだけの連結があるといえる。

 それゆえ、社会通念上の因果関係は認められる。

(3) では、「法律上の原因」(同条)が認められるか。

ア 上記の通り、不当利得制度における当事者間の財産関係の公平という趣旨は、「法律上の原因」の要件の中で実質的・具体的に図っていくべきものであることに鑑みれば、上「法律上の原因」の有無は、形式的・一般的には正当視される財産的価値の移動が、正義・公平の観点から、実質的・相対的にみても正当視されるか否かをもって判断される。

 具体的には、債権者が騙取金による弁済であることについて悪意・重過失であった場合には、正義・公平の観点からみて、財産的価値の移動をその当事者間において正当なものとするだけの実質的理由がないといえるから、「法律上の原因」は認められない。

  • 軽過失者が保護に値するのは、金銭は流通を保護する必があるし、善意取得制度(手形法16条2項第)との均衡を図る必要もあるからである。

イ 本件においては・・・(以下、Yの悪意・重過失について論じる)

ウ それゆえ・・・

3 よって・・・